日本より愛を込めて                      No.11
By Aladdin Timur
                        
宇宙まで…….


日本は世界の“雛形”とよく聞く
日本から世界の平和へと思いきや…….
宇宙までの視野が広がるそのメッセージとは
”コブラ“より非常に重要かつ繊細な解放作戦アリ
日本時間5月31日(日)A.M.6:11に実行されるトノコト
このミッションに参加サレタシ


1950年代の前半から繰り広げられた数々の舞台は
John Milton の「 Paradise Lost and Paradise Regained 」のみならず、
“失楽園“は”楽園復活”に成るか。
見守るところだ。






















日本より愛を込めて           No. 10
By Aladdin Timur
“美しき緑の星”の映画より               

動画:美しき緑の星【日本語字幕】

“物議”を醸し出したフランス映画として知られている「美しき緑の星」
1996年出来てジュルベルヌの1869年の作品よりも“モダン”風と云えば当たり前だ。
一見、軽やかな”La Belle Verte” (ラ ベルヴェルト)こと、“美しき緑の星”は
何故“封印”されて未だに映画界では公開されないのか?
と聞かれるが……..
それは”名探偵 シャーロックホームズ“の台詞、
「初歩的だよ、ワトソン君」を思い出す。
映画の画面や“音”から、不思議な“覚醒パルス”が出ているからなのだ。
とCoCoは云う。
つまり、ある種の“コード”を“切断”してしまうことが出来る“映画”らしいのだ。
この映画は“フランス映画”らしいユーモアと“エスプリ”に溢れていて、過去(歴史)から現代に至るまでの政治、軍事、社会的な矛盾を分かりやすく曝け出している。
その“特殊なパルス”が余りにも効果的だったので事実上“廃止”されたのだ。
ともあれ、“人の心にある”空気“から”光化学スモッグ“を除けば、”美しき緑の星“感覚が蘇ることをセッションでは証明済みだ。


昔、ピンクレディの「UFO」と云う曲が流行った。
映画 「未知との遭遇」にあるように、UFOとの遭遇ならん、UFOとの遭遇についての目撃については英国やフランスの軍や民間航空機のパイロットが記録していたものがあるのに7年位前に各国の軍や機関が主流メディアを通じて「正式」にUFOの存在を“否定”する運びと成った。がしかし、“区域”(国)によっては違った。
それも其の筈、古代エジプトの壁画には宇宙船に助けられた例の他、
「預言者モハメッドが1400年以上前に“宇宙船”に助けられたように、
自分も助けてほしい」」と云う短い“お祈りの言葉”が定着しているので、
今からの“修正”は“不可能”と見る。
“緑の星”も色々哉。














ウィングメーカー & キング メーカー 
(Wing Makers & King Makers)   No.9       


ヒューマン マインド システムを覗く

先ず、目に付くのはあの“三日月。
お断りしておくが、私が戦闘機で、つまり物理的に月面に行ったことはない。
精精、上空15,000メーター止まり。
しかしながら空から“撃墜”された数や地上で味わったどんでん返しの経験から云ってNATOや中東、アフリカ、極東レベルに於いてHMSやHMC (ヒューマン マインド コントロール)の研究に相応しいケーススタディとの評価を受けている。

後は此のノウハウを我々が行っているセッションや以来される活動に建設的に活かして行く所存である。

天と地
Wing Makers の画像の三日月は多くを物語る。
10歳の頃、初めての“月面”への“旅”を思い出す。


ロケットにこそ乗らなかったが、ジュール・ヴェルスの1869年の著書
「月世界旅行」等を貪るように読んだ。
私は幸いなことに、学校の授業中に其の類の“本”を読んでいても先生からは怒られず、むしろ「良い本だ!」と奨励された。
それは、“原語”のフランス語で読んでいたからだ。
英、仏、エジプトの学校での“外語”に於いてトップだったせいだと思う。
ちょっと飛んで1968年の米国の月面に着陸ニュースが世界中を駆け巡った時、
ひょんな事から“あのシーン”はスタジオで撮影されたものだ。と聞いた。
その後も“月面に基地”が存在する話も有った。
英語やラテン語ではLuna ルナは“月”のこと、其の形容詞は“ルナチック”(Lunatic)は頭がオカシイと云う意味である。
本当におかしくなりそうだ。












セッションレポート             No. 4   

繋がり

白鷺城の復活を祝う。

“白鷺城復活”の日にブルーインパルスが飛前日のリハーサルでは“雲”が出ているが、当日には打って変わっての“碧空”にブルーインパルスが見事に舞った!

前日のテスト飛行の様子




前日の雲の多い“空”とは違い碧空になった!
これはまさに“天”の祝福だと感じる!

光のネットワーク@海援隊プロジェクト999のサイトにも大きく取り上げられた。
Dragon Forceさんによると、それは鶴(伊勢・伊雑宮)瀬織津姫と亀(出雲大社)ニギハヤヒが統ったことにより籠の中の鳥、白鷺が解き放たれた事を意味している。と解く。
http://blog.livedoor.jp/kaientaip/archives/51785541.html

思い返してみると、“東京オリンピック(1964年10月10日)もそうだった。
私に取って1964年は忙しい年だった。
1953年、米空軍戦略司令部の東京研修で“身”に付け始めた「紛争阻止スキル」を最大限に活かして、中東(シナイ、イスラエル、イエメン)地中海(キプロス)アフリカ(コンゴ)等をこなして“清水の舞台から飛び降りる”気持ちでパリのオリンピック村から羽田に直行した。選手として柔道に参加予定であったが、直前(戦場)での怪我の為、射撃のみ、監督、役員、と2役の“資格”でオリンピック開会式の前日の10月9日に奇跡的に雨の羽田に降りた。


1964年10月10日の東京オリンピックの開会式



開会式は、前日の雨とは嘘のような鮮やかな“碧空”の下で展開された。

開会式に参加した各国の選手達は
「此の国は神に愛されている!」と口を揃えて云った。
“結果”は記念メダルを貰った。訳だが、“参加する事に意義が有る!」と云うが、東京オリンピックのブレザー着用の私の姿を写真等で見た”人達“から
「アラジンは生きていた!!!!!」と世界中からチョコレートが届いた!

人と人の繋がり
十数年前の或る日不思議な体験をした。

それは5~6人が話し合っている場面を私が見ている。その人達の“胸”の辺りに“魂”のような“光”が見えていて、その“光”は他の人と繋がっている。
其の中の一人が動くと“それは”変形するのだ。

その体験を早速、恵比寿にある不思議な医学博士のイ先生に報告すると。

イ先生 :「あっ、見えたか」と淡々と仰る。

最も、イ先生は宇宙の力と真理を利用して難病等を治していたのだからある種“当然”だ。

イ先生が仰るには:「電車に乗るとね、其処にいる人全員の“業”が見えてしまうので、
“気の毒”に此の人は将来、こんな“病気”に成る。と分かってしまうんだ。」と
語っていらした。

イ先生はCoCoに私の写真を見せながら
イ先生:「ほら、アラジンさんに“太陽神”が付いてるでしょ….見えない?.」
と主張する事がしばしばあった。

私達のセッションでは“周波数”の調整をすることで流れを変えてバランスを改善して参加者である本人の力を発揮できるようにする。
Dragon Forceさんに云わせると多少の“素質”が要るとか、
CoCoには第7感?(6感)が有って私には大事な「天命」があるとか……

Dragon Forceさんは「宇宙全史」を書いた方なので、
見方は“宇宙規模”かも知れない。









セッションレポート  No.3             

 “壁”は無い!




私は1950年代の前半に米空軍の戦略司令部幹部候補生の研修で東京を訪れていた。
まだ“日本語を話せる”軍人が少ない頃だったのである方からの紹介を受けて
映画「羅生門」の特別試写会を見てそこでインタビューを受けた。

三船敏郎の“叫ぶ”ような台詞回しが多く、当時の映画館の音響も悪く、聞き辛い感はあったが、「外国の映画際に出せば、きっと“賞”の対象になる。」と私は強く言った。
しかし、その場にいた”日本の大人“からは笑われた。

結果として“ヴェネチア映画祭”で賞を得た“羅生門”は日本映画の“黄金時代”を世界に告げた。

何年かして、私はパリのシャンゼリゼ通りにある映画館では“字幕無し”“吹き替え”無しに映画を放映する“ところ”だった。パリの人々が楽しんでいる様子を見て一緒にいた日本人の新聞記者は驚きを隠せなかった。

物や人の可能性を見出すだけのことだが………..
其処に優れたものが有る。
皆にある。

ある医学博士との出逢い
恵比寿にイ先生の治療院があった。
医学博士だが“人”には“触らないで“治す”不思議な先生だった。
診療所内にはカーテンで仕切られたベットが12台位有って皆ベッドに寝ている。
その枕元に数回先生が廻って来ては手の指を独特な感じで速く動かしながら、口を“珍しい味”を試しているかのように独特な“音”を立てながら“宇宙”や見えない力を利用して治療をする。難病に掛かった医者も大勢治していた。
何でも先生が仰るには、「風邪も癌も“治す”方法は同じだ。と余計な“ものを取る”
だけだ。」と…….
その診療所では初めて訪れた人の“写真”を撮る。
その時“撮った写真”はまるで“カルテ”のように保存されていて、その後、具合が悪くて電話をすると、その“写真”を見るだけで、“現在”の身体の様子が瞬時に先生に解るのだ。
その診療所では日本だけではなく世界中から要請があって“遠隔治療“が普通に行われていた。
イ先生曰く、“距離”は全く“関係ない”そうだ。


CoCoが初めてイ先生を訪れた時に“ダイヤモンドダスト”のようなものが診療所の天井から降ってきて何故かCoCoは理由も無しに号泣してしまったそうだ。
号泣するCoCoを見てイ先生は
「解っているよ、“懐かしい”ので嬉しくて“涙”が出ているんだ」と云ったと言う。
その後、私が初めてCoCoと一緒にその先生を訪れた際、
ベッドに寝ているCoCoの処に来て
イ先生が「ご主人はキリストかモハメッドのような“外国の神様”の“出”かと思っていたら“親”となる神様は“日本の神様”で“菩薩観音”なんだね。」と興奮気味に話して
今度は隣のベットにいる私に
イ先生:「今、日本を“出よう”としているようだが、“出たら”ダメですよ。そうしたら又、“親の神様”に日本に引き戻されて、そこから“やり直さなきゃならなく”成る。
あなたには大事な“役割”があるのだから踏ん張るしかない!」
とまるで私の事情をはっきりと“見えている”かのように把握していた。

そんな出会いからイ先生には大分お世話に成った。

ある時イ先生が“本”を出版される事となり、ほんの少しだけCoCoが“音”についての項目をお手伝いした。イ先生は律儀にその“本”が出来ると“謹呈”と自筆で書き入れお名前を入れて贈ってくれた。
其の出版された“本”を英訳しませんか?と私が勧めると、先生は“神様に聞いて来て”
「神様が“アラジンさん”が“良い」と言ってる。と報告してくれた。
自分の“仕事”はアラジンさんを“元気”にする事。そして私が人と人の繋がり、自然の流れの繋がり、そして國と國の繋がりを強化出来る“能力”の持ち主だと主張する。
ある時、イ先生が「兼ね備えている」と仰るので私がちょとお道化て親指と人差し指を丸めて「“金”備えてますか?」と云うと「そうじゃない」と硬い顔をした。そう云う場面が度重なると“親父ギャグ”で片付けられた。


時折、イ先生は“天の川”のど真ん中から地球にいらした事や天体との関係を説かれることもあった。CoCoは依然から“ヒーリング”に当たるようになる。と云われていた。
私達のセッションではイ先生の2冊の“本”を胸に抱えてるヒーリングもご希望の方にしており、皆様からの感想として:
○気持ちが安らぐ
○丹田が温かくなった
○身体が浄化されるのを感じる等
のご意見が寄せられております。

次回は ” Wing Maker“ (ウィング メーカーのHuman Mind System
(ヒューマン マインド システム)とイスラム圏の三日月についてふれたい。