日本より愛を込めて    No.4    

      

菊の紋章からスフィンクスまで



前世では“菊の紋章”の着物を纏ったCoCo (妻)が惜しくも命を奪われることになってしまったが、今世では私の“エネルギー”で“長生き”ができる。と言うことを“超能力”の先生が仰った。
その先生は私が初めてお目に掛かった時に名刺を差し出すと、顔の横まで名刺を高く持ち上げて、何かを思い出しているような遠い目をして

先生:「ラー(太陽神)が貴方を此処に連れて来た。スフィンクスが子供の頃から自転車に乗って走っている貴方を見ていて“頼もしい少年だと関心していた。”」

「貴方は日本と関係する大変な役割を担う事になる。」そして近くいる若い男性達に向かって

「此の前の講演会で言った通り一ヶ月後に“國連”と関係する人が現れる。それが今日だ!」と興奮気味に仰った。

時間と空間のない世界は“存在”することは表現は如何であれ、命が助かる場面を経験すれば認めざるを得ない。数千キロ離れた現場が“蜃気楼”のように見えたり、危険な時に“自分の声”が考えてもいないことを勝手に口から発声したり等と無数に経験した出来事がある。

スフィンクスに関しては確かに”11~12才“の頃からスフィンクスを拠点に南北の砂漠の道路を自転車で走って14才で大人相手に100キロレースでエジプトの記録を破って話題になった事があったが、その話は誰にもしていない。数十年ぶりに和服を纏い菊の紋章の帯を締めたCoCoを連れて駐日エジプト大使館のファラオニックホールに行くと其処には
”小型のスフィンクス“がいた。その用事とは”國連共催でエジプトとその他の区域で、
日本の技術を如何に活かすか。と言う仕事だった。
因みにその日を境にCoCoは“着物”の“封印”が解けた。

封印を解かれた桜色の色無地と菊の紋の帯


其れまでに國を跨いで生活に必要な技術を紹介する活動の他、企業、ホテル、デパート、事業の再生コンサルをしていたCoCoだが、”着物“になってから”セッション“に励むように成った。
最も、数十年前から私もお世話になった超能力者の先生からはCoCoは“宇宙型ヒーラー”になると言われていたのだ。
CoCoみたいに私はあの世とのコミュニケーションとか“霊視”とかその類のことより“地”に付いたかたちで“セッション”に参加する傾向にある。
私達のセッション後に皆“良い顔”に成って帰られるのでこちらも助かる感がある。

昨年、“予言カフェ”を訪れて、過去のあらゆる“未公開”の活動に言及された他、
此のオリジナリティを“活用”して国内外にもエネルギーを注ぐことを推奨された。

きっと、”スフィンクス“との“再会”は劇的なかたちになるだろう。