家族の無事も確認出来てやっと一安心した所へ飛び込んで来た原発の爆発のニュース…

原発から30キロ辺りの我が家の周りにも屋内退避を知らせる消防団の車が巡回して来ました。

目に見えない放射線の恐怖。
今後さらに取り返しの付かない大事故に繋がるんじゃないかという恐怖。
私達夫婦は断腸の思いで住み慣れた町を離れる決心をしました。

しかし生後4ヶ月の愛犬ココアが耐えられるか…
避難指示が出ている訳でもないのに小さな子犬を長距離移動させるのは我々人間の勝手なエゴでは…

様々な迷いが交錯しましたが、人間が住むに耐えない環境汚染が心配される土地でまだまだ小さな命のココアと共に生活出来ないという結論に至りました。

新米飼い主が生後4ヶ月の子犬を連れての避難の旅。

今思えば大変な無茶をしたものです。
3月11日。
様々な情報が錯綜する中、地元のインターネット掲示板、ツィッター等で海岸部が津波で壊滅状態ということを知りました。
両親の住む実家は海から5メートルあたりにあります。
何とか仕事に出ていた父に電話が繋がり状況を聞くと「弟が母を家から連れ出したのを見た人がいるがその後どこへ行ったかわからない。避難所にも見当たらない。」

そのまま電話は不通になり、テレビ等では沿岸部数キロまで津波が到達したとか、仙台の沿岸部に数百体の遺体が見つかったとか…

連絡の取れないまま一晩中テレビを見ながら私は絶望感に襲われ、思考も狂ってしまったのか「実家が流されたのだから母と弟の遺影の写真もないよな」
と、私の今の家にある結婚式のアルバムから遺影になりそうな写真を探し出す始末でした。

そんな時、階下から「お腹すいた~」というココアの甘えた声が聞こえて来ました。

気付けば夜は明けていました。

ご飯を食べさせ部屋にトイレを準備しココアを部屋に上げて遊ばせていると、全てを最悪の方向へ考えていた思考回路がだんだんと良い方に向かい小さな命を預かる自分がへこたれていてはいかん!と考えるようになりました。
生まれて4ヵ月ちょっとの小さな体で激震を体験したこの子とこの後どうなるかわからない世の中を一緒に生きて行かなきゃならない、自分たちがいなければ生きて行けない小さな命。

唐突に訪れたこの、おそらく人生最大の試練へ怖れず立ち向かっていこうとココアに誓った瞬間です。

その後勤務先の介護施設の夜勤を終えた妻にも促され、瓦礫の町を縫うように避難所へ向かい実家の家族全ての無事を確認することとなりました。

家も着替えも食べ物も全て失いながらも命が助かって良かった。散々世話になった両親をこれから私が助けなければ…
新たな決心をし、激動の中でもわずかな安堵感を覚えた12日の午後。

福島第一原子力発電所から大量の放射線が飛び散り出したというニュースが…
ココアが我が子になったのは2月3日。
ブログを始めたのは6月。
4ヵ月遅れのスタートとなったのは、そしてそもそもなぜブログを始めたのか。
理由がありました。

初めてのワンコとの生活に一喜一憂する日々、こんな日常を記録したいな…と漠然と考えていました。
やはりブログを始めるのが一番かな~などと思っていた3月。

お座りが何とか出来るようになり、写真も撮らせてくれるようになった3月。

間もなく二回目のワクチン注射しなきゃな、と考えていた3月11日。

14時46分。

勤務中の私は運転していたトラックがひっくり返るのでは…という揺れに襲われました。


自宅にいた妻にメールが届いて、返事が来るまで一時間。
「家族は?家は?ココアは?」

全て大丈夫。ココアは少々パニック状態になりケージ内にオシッコを撒き散らしてしまった模様。
この時、私が生まれてから35年を過ごした実家は屋根の一部とわずかな破片を残して粉々に砕け海へと飲み込まれていました。


実家の両親、弟の行方がつかめない極限状態の飼い主と犬。(先に書いておきますが両親、弟とも翌日避難所で無事を確認しました。)
破壊された町をさまよう犬。
避難所に繋がれた犬。

同じ愛犬家の皆様にお伝えしたい現状をブログに綴っていこう。
これがブログを始めた理由です。


少しでもご覧いただける方々が出来れば…とグルっぽに参加したり愛犬家の皆様のブログにペタしたりとちょっと準備期間をおいての本編のスタートといたしました。


公開はしておりませんが私の住まいは福島県いわき市。

何とか大地震を無事に乗り切れた私たちとココアはこの後…一時的に住む家を離れなくてはならないことになります。
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