避難生活も10日が過ぎた頃、報道等でどうやら福島の我が家は避難指示地域、屋内退避地域でもないことがわかりました。
とは言え近くに原発があることに変わりなくそのまま広島へ移住してしまおうかと思ったのですが、お借りした広島の部屋はペットと暮らすことが出来ない所でした。
放射線は怖い。だからといって広島に残るにはもはや我が子のココアを預けるなり、最悪里親を見つけて離れ離れ…
とりあえず新たな原発の爆発等の危険が去り、放射線の値も生活に影響のない値に落ち着いていると言う国や東電の情報を信じ…
ココアと一緒にふるさとへ帰る決断に至りました。
実は広島へ来て最初の晩、ココアをペットホテルへ預け初めてココアの居ない一夜を過ごした時、そして翌日迎えに行った我々を見たこともないほどの喜びようで待っていたココアを見て、絶対離れちゃいけないなと決意していたんです。
この先どのような生活になろうと、私たちはココアと共に生きる生活を選択していこうと。
この時は全く先の見えない状況でこの先どうするべきか?という問いに対する答えは恐らく誰も答えられない状況でした。
ですから私たちはココアと暮らすことを一番大事なことと決めて福島へ帰ることになったのです。
震災から二週間が過ぎた日のことでした。
とは言え近くに原発があることに変わりなくそのまま広島へ移住してしまおうかと思ったのですが、お借りした広島の部屋はペットと暮らすことが出来ない所でした。
放射線は怖い。だからといって広島に残るにはもはや我が子のココアを預けるなり、最悪里親を見つけて離れ離れ…
とりあえず新たな原発の爆発等の危険が去り、放射線の値も生活に影響のない値に落ち着いていると言う国や東電の情報を信じ…
ココアと一緒にふるさとへ帰る決断に至りました。
実は広島へ来て最初の晩、ココアをペットホテルへ預け初めてココアの居ない一夜を過ごした時、そして翌日迎えに行った我々を見たこともないほどの喜びようで待っていたココアを見て、絶対離れちゃいけないなと決意していたんです。
この先どのような生活になろうと、私たちはココアと共に生きる生活を選択していこうと。
この時は全く先の見えない状況でこの先どうするべきか?という問いに対する答えは恐らく誰も答えられない状況でした。
ですから私たちはココアと暮らすことを一番大事なことと決めて福島へ帰ることになったのです。
震災から二週間が過ぎた日のことでした。

