アスペルガー傾向。
これの本質は何かを書いてみる。
そもそも、精神病、精神障害とは何か、という話がある。
DSMあたりをおっかけたら分かる話だが、基礎医学的には定義出来ていないのが現状だ。
何しろ、脳神経学的に病気であると証明されたら、それは基本的に精神科以外が関わってくる。
アルツハイマーしかり、パーキンソンしかり。
(まともな)精神科医の間での共通理解として、適応障害は病気ではないという直感的理解もある。
なぜなら、環境がかわって治れば、それは脳に、患者に問題があるわけじゃないからだ。
では、なぜ適応障害もICDに記載され、精神科医が治さなければならないのか。
臨床精神科医の本質は、臨床医の本質は、苦しんでいる人を救う為だ。
それで、いくつか話をとばして結論を書く。
なぜ、アスペルガー傾向という単語が出来るのか。
簡単にいえば、その人はなんとかでも社会に適応出来ているからだ。
臨床精神科医が発達障害を診るに当たって重要視するのは、社会に適応出来ているかどうかだ。
ここでいう社会は広いので、具体的にいうと、学校に通えているか、会社に通えているかである。
そもそもとして、10代から20代後半までというのはアイデンティティが、自分という存在がぐらつきやすく、社会に適応するために多少は苦しむものなのだ。
ASD(アスペルガー)やADHDが遺伝するのは経験的には間違いのない話で、それを考えればアスペルガーでも社会に適応出来るはずだ。
アカデミック界隈を見れば、コミュニケーションが苦手な人なんてたくさんいる。数学科にいるやつなんて8割は"アスペルガー傾向"なんじゃないかと思う。
だが、彼らはアスペルガーっぽいとは言われても、実際に自分がアスペルガーっぽいなと思って病院にいったとしたら、お話を聞く限りだとアスペルガー傾向ですが、それは誰にでもありますよ、とか言われるだけだろう。
なぜなら、社会に適応しているから診断する意味がなく、そもそもとして、アスペルガーは現在治す薬がないので、適応するしかないからだ。
なのになぜ診断が必要になるかというと、二次症状としての、適応障害的な、不安障害やうつ症状を治療するために、苦しみを減らすために必要なだけなのだ。
ここまでの事を踏まえて考えると、アスペルガーをアイデンティティにすることの危険性は分かると思う。
つまり、それはコミュニケーションが苦手な自分を肯定するための"何か"でしかないからだ。
人と人とが万全にコミュニケーションを取ることは不可能で、ある程度の齟齬が生じるのはごく当たり前のことだ。
だから、少なくても現状社会生活が送れないほど困ってないのであれば、アスペルガーであることは個性の一部だと捉えて、受け入れて行く方が健全である。