…を見かけたので書いてみます。
結論。
はい、そうです。笑。
(だって学歴=statusの一つでしょう?というのは揚げ足か。)
ご想像の通り、老舗メゾンのエルメスか、女子の憧れシャネルか、はたまた新進気鋭のメゾンマルジェラか?みたいな世界です。そういうメゾンに血統書をもらうようなものですからね。
一生安泰、とは思いませんけど、進路の悩みからは一旦解放された、とは思いますし、親として与えられる最初の大きな財産かな、とは思います。
学校の話をブランド品で例えるあたり、薄っぺら〜いだろうけど、よく似た価値観だと思うのであえて使ってみます。
ブランド品のバッグを選ぶ人たちは、「袋」としての機能は「当然備わっているもの」とした上で、+αのデザイン性や顧客サービスや背景のストーリーを求めているわけです。
重くても頑丈さとデザインが良い、と思うか、老舗でも機能美を追求している方が良い、と思うか、古臭いものより新しくて話題性のある方が良い、と思うかが価値観の差です。
“お受験”の学校も同じ。
「教育の質」は担保されていることを前提として、スクールカラーやフィーリングで判断するわけです。施設が新しいとか、立地が良いとか、進学率がどうこう…といった表向きのスペックだけでは語れないところに「らしさ」があるので、外からではよく分からない世界でしょうね。
そして最も重要なのは、最終判断は学校がする、ということです。
「らしさ」なんて外からちょっと見学した程度では分かるわけないからです。「選ばれて」、門をくぐって始めて知る世界がそこにあるのです。
背伸びをせず、等身大で試験に臨んで結果がついてきた場合、そこには価値観の合う仲間や学び場との出会いがあるでしょう。
(就活と同じですよね。)
お受験の過去問に目を通すと分かる通り、四季折々のイベントを欠かさず行い、食事もお裁縫も「手作り」を苦にせず、丁寧な言葉遣いと正しい躾と勉強を、笑顔で根気強く教え続けるのが“お受験対策”です。
決して詰め込み学習や早期教育が主旨ではないのです。
そういう生活が当たり前、の環境を子供に与えたいから受験をするのであって、試験が終わったらもうやらない、という家庭には不向きです。
極論を言えば、そういう価値観を共にできる家庭の子供達と机を並べることができるなら、学校なんてどこでも良いくらいなのです。
だって、エルメスもシャネルもプラダも、「バッグ」の品質は当然に保証されているものだから。
(そこで、絶対エルメスじゃなきゃと拘って無理をするのは残念な親の見栄です。)
別にその後の人生が保証されているわけじゃないことくらいよーく分かってますよ。子が1歳になる前から散々、子の将来の可能性を広げるために何ができるかを考え、家族で話し合ってきたのですから。
その上で、お受験を経た先にある“無形の財産”を子供に残そうと決めたのは、その選択肢を持てる「ステータス」だからでしょうね。