うちの夫は,「アンタの故郷が自分の故郷のような気がする。いろんな音がなつかしい」と言う。
田植え前に水を張った田んぼで,カエルの合唱。初夏の風が吹く夜に窓を開けると,一斉にガワガワガワ…。近いような遠いような,澄んだ空気に乗って届く音。うるさくて寝られない人もいるというが,これがいいんじゃないか!何かで読んだことがあるが,都会に引っ越した人が故郷のカエルの鳴き声をテープに録音して眠りについているとか。
知人のアメリカ人の家のすぐ前には葦が茂った沼がある。夕食会の後,帰ろうと外に出ると…それはそれはものすごいカエルの鳴き声が。家族は皆気持ち悪くて嫌っているらしい。雑音被害で,風流とはほど遠い。
故郷の音。早朝のハトの鳴き声。クルックルッ,クー。毎朝同じ方から聞こえてくるが,そこに寝床があるのか。
牛の鳴き声。近所の酪農家の牛舎から。牛の鳴き声は,平和だ。
池の鯉の跳ねる音。鳥の被害から守る網を張った裏の池から時折聞こえる。
秋。しいの実がトタン屋根に落ちる音。コーン…コツーン。裏山に面した窓を開ければ,コオロギやスズムシの鳴き声。
台所の引き戸のきしみ。キューッ。
食料品店やデパートで繰り返し流れる音楽。数年後に帰国した時も変わらぬ音楽に,夫は驚いている。
郵便屋さんのバイクが止まる音と,ポストにカチャッと配達する音。
早朝のラジオ体操。近所にある会社から流れてくる。夫は,この音を聞くだけで,何か強くなったような気がするらしい(笑)。
汽車の走る音と遮断機の下りる音。特に静けさの中,夜に布団の中で聞く音がいい。
私にとってはどれも当たり前の生活音で,意識したことはない。アメリカに引っ越してきた時,家の周辺にあまりにも音がないことに驚いた。怖いほどの静けさ。車の音はたまに聞こえるが,夫とも「街中の人たちが皆どこかに引っ越して誰もいなくなった感じがする」と話すこともある。外音があると,孤独も感じにくいと思う。
いつか日本のニュースで,除夜の鐘がうるさくて寝られないという苦情があると聞いた。お寺の隣に住んでいるのか知らぬが...年にたった一度の大晦日の鐘を?
日本では,石焼き芋や竿だけ屋のトラックは通らないにしても,選挙の宣伝カーから登下校の子どもたちの声や何かしら音に満たされていた。
買いたい物はオンラインでも買える時代。スマホでもビデオ電話もできる。キレイに着飾って撮るような写真ではない,毎日の生活の音。雑音じゃない。目を閉じると,なつかしい音がよみがえってくる。