アメリカ人の知人からテキストメッセージが入った。


「空気清浄機を買ったが,デモ(実演販売)を見てくれる人がいたら無料になるからお願い。お宅にrepを連れて来ていい?」というもの。repというのは,販売員のことだ。


無料?怪しい...。一日おいて「あなたは忙しいでしょう。小さいお子さんもいるんだし,私が行くから」と返信すると,デモを見せる(購入させたい)人の家で実演しなければならないという。所要時間を尋ねると,何と1時間半!即答で1.5時間というところからして,決められている最低時間ということがわかった。


4日後の夕方4時半はどうかと聞かれたが,何でまたそういう遅い時刻?終わるのは早くても6時じゃないか。


...ますます怪しい。断る口実を探しつつ,家に入れる前に確認しておきたいと,「やるとしても滞在はキッチンのみ。地下室や他の部屋には入れない」,「部屋の空気の汚れは測定させない」,「メールアドレスや電話番号を知らせないで欲しい」...思いつく限りをテキストで打ちながら,これはマルチ商法に違いない,避けなければと思った。金銭にはしっかりしているはずの彼女があり得ない...しかし。


一体何という会社で,誰から(アップライン)いくらで購入したのか聞いてみると...


$3,000(約33万円)・Good friend・○○ン○ー


検索してみたら,やはりマルチ商法(マルチレーベルマーケット・MLM・ピラミッド商法・ネットワークビジネス・ダイレクトセリング)だった。呼び方を変えたって,中身は同じ。...引っかかったのか。


すぐに,「それはマルチ商法で,法外に高価な商品。しかも,押しが強い実演のようだ。販売員に会えば,要らないのに購入は断われないだろう。悪いけど家には入れられない。あなたも返品した方がいいよ」と返信。


聞いてくれない。わかっていたが...。


さらに検索してみると,実演には厳しい,というかとんでもない規則がずらり。「デモは12件(夫婦12組)行い,2件は販売すること」,「デモは夕方に始めること。その後に何も予定がないはずだから」,「夫婦2人にそろって見せて実演すること。妻が購入して後で夫が返品しないように」,「対象者は夫婦で,単身者は不可」,「夫婦どちらかにちゃんとした収入があるか,快適な退職生活を送っている夫婦のみ」,「住居を所有している夫婦のみ。賃貸は不可」,「repに失礼な態度を取ってはいけない(これはデモを実演したことにみなされない)」。


...すごい,すごすぎる。これを読んだ時点で,罠にかけられて抜けられないのが見える。家に入れる前から既に,3,000ドル払った気にさせられた。今まで見聞きしてきたどんなマルチ商法よりも段違いに恐ろしい。


しかも,(是非買いたいという人はいないだろうが),販売対象者を夫婦のみとか家の所有者とか...差別も甚だしい。


アメリカにはマルチ商法(ユタ州に多いらしい)が山ほどある。スタンプやスクラップブッキング・調理器具・化粧品・健康食品(サプリ)・キャンドル・アロマオイル...。女性向けのかわいいものもたくさんあるし,販売員は親切だから...つい,というのもわからないでもない。中にはネットに顔も動画も出しイベントもやり,実名も公表している人も。こんなかわいいものを売る親切な販売員がマルチ商法の訳はない,と思っている。ネットワークビジネスのネットをインターネットと勘違いしている人もいるだろう。


販売員の呼び方も実に様々だ。ディストリビューター,デモンストレーター,コンサルタント,レプ(representatives),アドバイザー,スタイリスト,メイカー,カウンセラー...要は,マルチの販売員。


すごい名前もあって,以前もらった名刺には,インディペンデント・イグゼクティブ・ディストリビューターとカタカナで書かれていた...長い。カタカナの肩書はカッコいいんだろうなぁ。口に出すのも恥ずかしいし,怪しさ満載だと思うが...。


ノルマという言葉も印象が悪いので,ボーダーライン等という言葉で煙に巻いたり。ウィルスではないが,生き残るために,売春→援助交際→パパ活...というように言葉を変えてより強化されていく。人間が賢くならねばいけない。要は,何なのかということ。


いずれもその価値に見合わない高級商品であり,損しないために誰かを紹介していく仕組みになっている。気づいた時には,新車一台分のお金を使っていたと聞く。底なし沼だ。絶対にやってはいけない。


この知人は「デモンストレーターは押しは強くないから。買わなくてもいいのよ」と言うが,実際に彼女は購入しているのだ。押しが強くなくても,マインドコントロールされてじわじわやられているのだろうから,結果的には同じこと。


昔の漫画にあるように,「買え!」と胸の入墨を見せて包丁を床に突き立てて脅すような押し売りで買う人はいないからねぇ...。買わない理由をいくら挙げても,徹底的にトレーニングを受けている販売員には簡単に言いまかされる。最初が肝心で,会ってはダメ。


ピラミッド商法は,1人がひと月に2人ずつ紹介していけば,わずか4か月で31人がこのビジネスに関わるという計算だ。1年で8191人...この後はもっと増える。12人ずつだと,半年で300万人超えだ。あり得ない。破綻するのがわかっていて大勢の人の大損の上に成り立っている商法だが,2人くらいなら紹介できると思ってしまうのだろう。


あるアメリカのクラフト社の日本での事業は終了した。マルチ商法,ましてや日本。破綻しない方がおかしい。破綻したら,魔法を解かれたようにその製品はたちまち色褪せる。


このコロナ禍では,失職したり減給になったりもするが,同時に失業保険や政府からの給付金が入ったりする。金銭感覚もおかしくなり,判断力も鈍る。先も見えない。外出制限があり,行きたい場所も閉まっている。会いたい人にも会えずに孤独で,ストレスは溜まる。そういう心の隙間に,優しい言葉ですっと入ってくる...。


あるアメリカ人の友人に話したところ,「私はすきがあるようで,マルチに声をかけられやすい。向こうも,どういう人に声をかけるべきかわかっているから」と。確かに,絶対に買わない意志が硬い人は,素人目にもわかる。


うちではパンデミックが始まって以来ずっと,「世の中は犯罪多発だから用心には用心を。後悔する買い物は絶対にしない」と夫といつも話してきた。


空気清浄機...小さなお子さんがいれば,「ウィルスを死滅させる」という売り文句に,だまされてしまうのだろう...。オレオレ詐欺にしろ,子を想う親の気持ちに付け込むのは許せないが,悪徳商法というのはそんなモノだ。


Good friendはそういうものを友人に紹介しない。True friendじゃないと言いたいところだが,人の親友を悪く言うことはできない。


これまでにも何人か(日本人)に,私はマルチ商法はしないと話したことがある。つまり,「あなたもしない方がいい」という意味。一旦始めてしまえば安く買うためにどんどん金銭をつぎ込み,関連商品も欲しくなる仕組みになっていて,優しい仲間もいるし...自分がすごい人になったかのような錯覚にも陥り,途中でやめられない。


アメリカまで来て被害に遭うのは気の毒だとは思うが,盲信している人にいくら説得してもムリだ。逆に,「私に辞めさせることで,あなたは何らかの利益を得ようとしている」と疑われたり,「こんないい物を知らないなんてかわいそうに」と同情されたりするだろう。本人が自覚するしか道はないが,一旦そのシステムに入れば抜け出すのは至極困難。


よって,マルチ商法にハマった人の不幸な末路を傍観するしかできない。


うちの夫は,彼女に「高額な空気清浄機を買ったことより,その販売方法が問題なんだよ。どうして買う前に相談してくれなかったのか」と電話で親身になって話していた...しかし,彼女は「この商品は素晴らしい」と言い切った。認めたくないし,損しまいという意思が働くから後には戻れないのだろう。


お金を失くす。時間を失くす。信頼を失くす。友人も失くす。


アメリカは本当にマルチ商法が多い。「質の良い商品だから店舗販売はしない」,「店舗を置かない分,商品に還元している」,「触ってデモを見て納得した上で購入できる」というもっともらしい売り文句に,なるほど!と思う...んだろうなぁ。


「店舗を持たない」=「オンラインショップ」ではない。マルチ商法は,ネットの店からは直接買えず,販売員その人を通してからしか購入できない。


うまい話なんてある訳ないのに,一縷の望みを抱く。一度だまされて痛い目に遭うしかないのかも。


「私はだまされていない。自分で選んだのだ」と商品を正当化して,「いい商品だからあなたも是非」と人を巻き込む。身の回りの知人には,前もって「私はマルチ商法は絶対に関わらないから」と言っておくのがいいのか。


一旦足を踏み入れたら確実に地獄が待っているので,絶対に関わってはいけない。