本願寺で東日本大震災のドキュメンタリー映画の
上映会がありました。
遠いハワイからも東北の皆様へ
エールが送られています。
私自身も本当にちっぽけな存在ですが
心を寄せて、足を運ぶことが
1人でも多くの方に目にふれ、そして忘れない事へのきっかけになればとお邪魔させていただきました。
ハワイには沢山の移民の日系人の方々の
心の拠り所としての教会、神社、お寺などがあり
こちら本願寺もそのひとつです。
上映会は本堂の中で行われました。
報道に携わるお仕事をしていたため
東日本大震災では被害に見舞われた東日本沿岸部、700kmを取材され
日々報道マンとして現地の情報を発信し続けていたそうです。
被災した方、援助にあたる方、そして報道をされる方、
皆様、本当にギリギリのいっぱいいっぱいの毎日だったそうです。
報道マンに対する世間の批評は様々ですが
皆様、力を尽くされていたとおっしゃっていました。
報道マンとして、また、被災された方々の
現状を知っていただきたく、
カメラを取ったということ。
大西監督自体は映画畑の方ではないそうです。
資金調達は報道マンとして取材された資料を
冊子にして売り歩き、その代金をフィルム作成にあてられたそうです。
凄いや....
被災された方もいらしていました。
九死に一生を得た文子さんのお話や体験を聞かせていただきました。
本当に、本当に、本当に大変な思いをされて
この場所にいらっしゃいました。
大変な体験をされたお話はもちろんですが
その中で、私がとても印象に残っているのは
「救援の方々が被災者の私達をまるで病人のように扱ってくださったけれど、ありがたい反面戸惑いました。なにもかもしてくださる中で時間を持て余してしまったんです。」
この言葉やお気持ちは
私達からは決して想像がつかないものでした。
東北の方々はご自分の手を動かすことに
手間を惜しまない、
「働きもの」の心と手を持っていらっしゃいます。
ドキュメンタリーのなかでも、瓦礫をひとつひとつ、マスクをつけて仕分けしている姿に
心を打たれました。
文子さんをリーダーとする
宮城県 小野駅前 仮設住宅の皆様も
何もなくなっても、手を休めることはしませんでした。
アメリカの貧しい労働者のお母さんが
子供たちにと作り出した
ソックス人形をヒントに
「おのくん」というキャラクターを生み出します。
オーダーは1年待ち、半年まち!
日々休みなく、被災者の方々が手を動かして、生産されているそうです。
今回はハワイの上映会に特別におのくんは
海を渡ってきてくれました‼️
強い!強い!強い!
東北のお母さんたちは本当にお強いです!
おのくんはただ買われるのではありません。
東北の強く優しいお母さんのおうちから
里子にいただくということだそうです。
昨日偶然にもおのくんが我が家に養子に来た日は
相方さんの47回目のお誕生日でした。
しっかりと我が家の一員としてケーキの横で
相方さんのお誕生日を祝ってくれた
おのくんです。
そして、今は窓辺でいい子に
ニイニとちゃーちゃんの帰りを待ってくれています。
今にも喋りだしそうなおのくん
「 僕の故郷は自然の脅威に大変な思いをしたんだよ。でもね、負けないよ!!負けないよ!みんなで力を合わせてね、またみんなの笑顔が素敵な街にするんだよ。よろしくね。僕はみんなの希望なの。だから何があったって負けないよ。」
うん!おのくん。
そうだよね。
何度だって、やり直そう、何度かだって立ち上がろう!
ママも本当にちっぽけで
大西監督や文子さんや沢山のボランティアの方々のように大それたことはできないかもしれないけれど、
震災で亡くなった方々へ感謝と祈りを込めて
そして未だ戦っている方々へ心を寄せて
自分の場所で自分なりに頑張るよ‼️
ほんの小さなことだって
いつだって、どこからだって
遅くはないと思うから!
東日本であったこの大変で大変で悲しくて
心がつぶれるような体験と、そして教訓と
そしてその先、今も続く、努力と儀礼と希望の手をこれからも忘れないで頑張って行こう。
このような機会をくださった、
Move4Japanの皆様
そして絶え間ない愛の手をくださる
Hug Hawaii のYukiさんやハワイ報知のNanaさんをはじめとするボランティアの皆様
大西監督さん、小野駅前仮設住宅の文子さん、はやとさん。
本当に有難うございました。
愛と感謝を込めて
Aloha
おのくんの母 Hitomi♡