こんにちは~(*^^*)
 
 
昨日の私の応援馬
ドレミフォンを応援して下さった方
大変にありがとうございました🙇立ち上がる
 
お陰様で2着と好成績でした🏇
 
人気高すぎて
オッズがかなり引くなっていたので
単勝だと1.6倍と配当安いため
三連単と3連複2点ずつ買ってみました!
一応単勝も記念に買ったけど(笑)
 
 
 
 
 
 
2着なので三連単は無理でしたが
3連複で当たりました~立ち上がる
 
 
冴えてる〜🥳✨
 
 
ささやかな楽しみです笑😹
 
 
 
 
 
そしてそして、
 
先日、1番感動した事を
書き始めたら短編小説並みに長かったと
お伝えしたところ
読んでみたいと仰って下さった方が
いらっしゃいましたので
書かせていただくことにしました。
 
興味の無い方、
遠慮無くスルーしてくださいね🙏🙇☺️
 
 
 

 

 

 

 
 
食事中、色々な話をする中で
 
彼のお父様のお名前が
私の亡き父と同じだと言う事がわかり
(漢字は違うけど)
 
そこから名前の話が始まりました。
彼の名前を決めた時の気持を
お母様が
色々聞かせてくださいましたうさぎのぬいぐるみ
 
 
 

 

本題はここから↓

 

 

 

今度は私が問われます。
 
娘さんの名前はどうして付けたの?…
 
 私↓
娘の名前は
私の尊敬している方に
付けていただきました。
 
 
この話は、
まだ娘にもした事無く、
今度会ったら話そうと
ちょうど思っていたんです
 
 
 
実は、私が小さい頃、
家に住んでいたお姉さんがいて、
私が小さい頃は第二の母のように
面倒みてくれていました。
 
 
年齢的には30歳位離れていましたが
おばさんと呼ぶには申し訳なく
お姉ちゃんと呼んでました。
 
 
そのお姉さんは
元々、病気持ちでした。
(酷いてんかん)
今のような良い薬は無く
発作が起きると所構わず倒れて
痙攣を起こしていました。
子供の私には恐怖でしかない(泣)
 
 
 
 
詳しい事情は聞いていませんが
本当の両親から捨てられ
養母がいたのですが
その養母からも見放され
我が家に辿り着き
生活を共にしていたようです。
 
 
忙しい母の代わりに
私の幼稚園の送り迎えをしてくれたり
公園に連れて行ってくれたりしました。
 
 
 
自分には子供など授かれないと思えば
きっと我が子のように
可愛かったと思います。
 
 
私が小学校4年生の頃、
その人は実家に帰る事になったのですが
(実家と言っても養母)
 
 
その家が戸塚と聞き
私が17歳頃、
仕事で神奈川に行った時に
会いに行った事があるのです。
 
 
私が行った時には病気からか?
目はほとんど見えず
視覚障害者となっていました。
 
 
 てんかんの薬は良い物が出来、
発作を起す事は無くなっていたようです。
 
 
私を幼稚園の送り迎えしてくれていた頃は
それなりに大きく見えましたが
17歳の私にはとても小さな人でした。
 
 
 
少し談話して
私は仕事中だからもう帰るね
と言うと、
杖をつきながら
どうしても駅まで送ると。。
 
 
 
2人で駅までバス🚌に乗り
バスを降りて駅の改札へ向かうまで
緩やかな坂になっていて
 
 
子供の頃散々おんぶしてもらったから
今度は私がおんぶしてあげる!
 
と言うと
 
 
恥ずかしいからいいよ~
 と言うけど
 
お姉ちゃんを
おんぶして歩きながら
 
 
お姉ちゃん、何か欲しいものある?
 
と聞くと
 
京子ちゃんが今している
そのネックレスが欲しいにっこりと。
 
 
そして、
 
 
何か してほしい事とかある?
 
 
と聞くと
 
 
 
京子ちゃんの子供になりた~いニコニコ
 
 
と言われ
 
え~!何言ってるの~歩く
ケラケラっと笑い飛ばした事がありました
 
 
 
そんなことはすっかり忘れていましたが
 それから数年後、
亡くなったそうですショボーン
 
 
 
 
 
娘を出産し、病院にいる時
 
 
命名は伸子だって
 
 
と聞いた瞬間固まりました。
 
 
 勿論、その名前を付けて下さった方は
そんなことは何も知りません。
 
 
そのお姉ちゃんの名前は
信子でした。
 
漢字は違えど
同じ のぶこ。
 
 
多分、私の親も姉妹も
心の中では思ったかもしれないけど
誰もお姉ちゃんの事は口に出さなかった
 
 
それは私も同じ。
 
 
今、思えば
あのお姉ちゃんを
思い出すのは辛い程の人だったから泣
白黒の世界。
 
 
生きていて
辛い悲しい事ばかりな
悲劇的な人だった
 
 
だから
誰もが封印しておきたい
過去の出来事だったのだと思う…
 
 
そんな事を考えていたら
この歌が流れて止みませんでした
 
 




 
 
娘の幸せな姿を見て
 
お姉ちゃん、
幸せになって良かったねおねだり
って思いました泣くうさぎ
 
 
 
 
 
 
子供の頃の話でも
私にとっては母親代わりをしてくれた
深い縁のある人なので
 
 
その結末を見た気がしましたおやすみ
 
 
だから
私の中では
それが1番感動した事だったのです泣くうさぎ
 
 
 
 お姉ちゃんとの絆は
あれで終わりじゃなかったんだって
 
 
ずっと封印していたものが開き
私の記憶から開放されたような
幸せな気持ちで家路につきましたニコニコ
 
 
 
長い長い時を経て
お姉ちゃんの事をちゃんと思い出してた
 
お姉ちゃんの顔や
描いてもらった絵や
可愛がってもらった事も。
 
 
こうして書きながらも
思い出して
涙がこぼれます。
 
 
ありがとう。
 
 
 
 
追伸
 
今朝、窓を開けた時
びっくりしました。
 
 
知らぬ間に藤の花が咲いてました!
始めて咲いた藤の花びっくり
いつ植えたっけ?🤔
 
 
 
しかもこんなに〜!
 
 
 
 
 
外からじゃわからなかった
 
 
 
 
一階の窓を開けないと
わからない場所でした!
 
 
 
お姉ちゃんが描いてくれた絵に
藤の花があった事、思い出した。。
 
 
お姉ちゃんが喜んでいる、
そんな気がしたのですニコニコ
 
 
 
 
読んで下さった方も
ありがとうございます🙇☺️🙏
 
 
 

おしまいうさぎのぬいぐるみ