今夜は、ちょっと私個人についての話をしたい気分になりました・・・
現在、妻&母をしながら歯科衛生士(DH)としてフルタイムで働く私。。。

正直・・・こんなに長くこの仕事を続けるとは思っていませんでした

DHの就職先は、どぅしても個人医院がメインになるので結婚・出産等に伴う離職率はとても高いのです
私も妊娠した時点で退職するつもりでいましたが、医院長の希望もあり個人歯科医院としては珍しく1年2ヶ月の育休を取得させてもらいました。(この話しは、後日詳しくしていきますね!)
関東地方ではあるものの、田舎の高校に通学していた私。。。
特に進学校と言う訳でもなく、高校を卒業したら適当に地元で就職して結婚すれば良いやと・・・思いながらヤンチャな学生生活を送っていました。
高校3年の秋頃・・・さすがにヤンチャしている私を見かねた母が、真顔で卒業後の進路について聞いて来たのです。。。
ど
しようね
と、適当に返事をする私に・・・母としての希望は、何か身に付く資格を取って欲しい
もし、その気があるならばこれから進学する学校を決めて東京に行っても良いのよ!
(母は結婚後子育てをしながら、何か資格を取りたいと父の協力を得て調理師の資格を取得しました。又、逆に母の卒業した高校はかなりの進学校だったのですが、お金等ではない家の事情で泣く泣く進学を諦め、東京に就職したと言う過去があるのです
)
父も東京育ちなので、私を上京させる事に抵抗は無かった様です。
予想外の展開にとまどう私。。。
当時付き合っていたラブラブ
な彼氏の存在と
憧れの
東京
に住めると言う想い(父の兄弟は皆東京に住んでいますし、友人とも遊びに来たりで東京には良く来ていました)
両親共に、無理強いする事も無く私の返事を待ってくれました。
親よりも彼氏の方が大事
と言うお年頃
すご~~く悩みながらも
進学する事に決めました
進学する事に決めたのは良いけれど
何の資格を取るの
でも、私にはちょっとした想いがあったのです。。。
で30分程の
に住む母のイトコになる叔母は、私と10歳位しか離れていなかったのでちー姉ちゃんと呼んでは
会う度、沢山遊んでもらいました。
ちー姉ちゃん
は私の憧れの存在
ちー姉ちゃんがテニスしてるから私も習う
・・・ちー姉ちゃんがこう言ってたから私もする
・・・
ってな感じ
その憧れのちー姉ちゃんがしていた仕事が『歯科衛生士』だったのです
ちー姉ちゃんは地元の大きな県立病院内
の歯科室で働いていました
(一般歯科と言うよりは、体の不自由な人や問題のある人が通院する歯科でした。)
ちょっとした検査等で
に行く事があると、用も無いのに歯科室に顔を出し
憧れのちー姉ちゃんの仕事振りを覗いていたのです。。
進学を決めた私は早速ちー姉ちゃんに相談しました。
『歯科衛生士』と言う言葉さえ知らない私は・・・私もちー姉ちゃんみたいに歯科医院で働きたいの
助手の資格を取るにはどーしたらよいの?って。。。
ちー姉ちゃんは、助手では無く『歯科衛生士』と言う資格・その為に通う学校について等、詳しく教えてくれ年の離れた妹の様な存在の私の選択をとても喜んでくれました。
願書提出期限ギリギリに決定した進路でしたが、担任も私の性格的に進学するのは良い事だと応援してくれ両親もちー姉ちゃんと同じ道に進む事に大賛成してくれたのです。
ヤンチャしながらも要領よく
人並みの成績はとっていたので、試験も見事
憧れの東京の学校に入学したのです。通学の為に寮に入りました。(当時は、学校近くの民家を学長が2軒買い上げ
地方から出て来た学生の為、寮にしていました。)
私が入学した歯科衛生士学校は結構厳しい学校だったので、サボル事も出来ず真面目に通いましたよ~!
(授業中は
でしたが
)
只、、、好か不幸か学校&寮(管理人もいなく、門限も無い自由な
でした
)の立地が遊ぶにはとても便利な場所にあり、毎晩渋谷・新宿・六本木とネオン街に繰り出していました
衛生士学校時代の話しは、長くなるので又の機会に
そして、国家試験も無事

晴れて『
歯科衛生士
』になれたのです
DHになったは良いけれど、ただ毎日言われた事をそつなくこなし働く日々
やりがいも何もあまりなく、DHになったからDHとして与えられた仕事を続けていました。
多分、転職をしながらも結婚する前まではそんな感じだったかなぁ。。。
(まぁ・・・それにはもぅ1つ大きな理由があるんですけどね
アメンバーさん☆ネッ

)
そんな私でも・・・
育休期間中の1年2ヶ月(保育園に入れなかったのです
)は長かった

仕事をしたくてしたくてウズウズしてた・・・
かなり遅ればせながら気付いたんだよねぇ☆☆☆
この仕事が大好きだって

復職後は自分の気持ちが軽くなり、楽しみながら(医院長夫婦のケチさと
人手不足で今はかなり辛いですが
)患者さんの事を考えながら今までとは又、違った気持ちで仕事が出来ていると思います
休日も、
パパに協力してもらい興味のあるセミナーには参加したり認定試験を取ったりしています。
(医院長はケチなので
セミナーは出て欲しいと言いながら全て自腹です。講習料は年間10万円以上掛かってますわ
)
若い時にもっと勉強しておけば良かったと後悔しながらも今、出来るだけの事をしています

昨年・・・某歯科衛生士の業界誌にて『働くママさん衛生士特集』の取材を受け
大きく載せて頂き益々
やる気が増した単純な私です

ホントの所、まだまだ『歯科衛生士』と言う仕事は一般的な認知度も低く医療の国家試験の割りには立場も弱いのです。
現在→衛生士学校はほとんど2年制なのですが、これから数年をめどに3年制に変わります。(既に変わっている学校もあります)
3年制が定着すれば、歯科衛生士としての業務範囲も今より大分広がるだろうと言われています。(まぁ・・・遠い先の事だと思いますが
)
患者さんに愛される歯科衛生士になる様に頑張りますわ

何だか
まとまりの無い文になっちゃった
恥ずかしいわ

長々とお付き合いありがとです
でも、実はこの話にはもぅ1つ悲しい話が付きます
→私が無事DHになって数年後・・・DHになるきっかけになったちー姉ちゃんの身に大変な事がおきたのです
次に続けますね





現在、妻&母をしながら歯科衛生士(DH)としてフルタイムで働く私。。。


正直・・・こんなに長くこの仕事を続けるとは思っていませんでした


DHの就職先は、どぅしても個人医院がメインになるので結婚・出産等に伴う離職率はとても高いのです

私も妊娠した時点で退職するつもりでいましたが、医院長の希望もあり個人歯科医院としては珍しく1年2ヶ月の育休を取得させてもらいました。(この話しは、後日詳しくしていきますね!)
関東地方ではあるものの、田舎の高校に通学していた私。。。
特に進学校と言う訳でもなく、高校を卒業したら適当に地元で就職して結婚すれば良いやと・・・思いながらヤンチャな学生生活を送っていました。
高校3年の秋頃・・・さすがにヤンチャしている私を見かねた母が、真顔で卒業後の進路について聞いて来たのです。。。
ど
しようね
と、適当に返事をする私に・・・母としての希望は、何か身に付く資格を取って欲しい
もし、その気があるならばこれから進学する学校を決めて東京に行っても良いのよ!
(母は結婚後子育てをしながら、何か資格を取りたいと父の協力を得て調理師の資格を取得しました。又、逆に母の卒業した高校はかなりの進学校だったのですが、お金等ではない家の事情で泣く泣く進学を諦め、東京に就職したと言う過去があるのです
)父も東京育ちなので、私を上京させる事に抵抗は無かった様です。
予想外の展開にとまどう私。。。
当時付き合っていたラブラブ
な彼氏の存在と
憧れの
東京
に住めると言う想い(父の兄弟は皆東京に住んでいますし、友人とも遊びに来たりで東京には良く来ていました)両親共に、無理強いする事も無く私の返事を待ってくれました。
親よりも彼氏の方が大事
と言うお年頃
すご~~く悩みながらも
進学する事に決めました
進学する事に決めたのは良いけれど
何の資格を取るの
でも、私にはちょっとした想いがあったのです。。。
で30分程の
に住む母のイトコになる叔母は、私と10歳位しか離れていなかったのでちー姉ちゃんと呼んでは
会う度、沢山遊んでもらいました。
ちー姉ちゃん
は私の憧れの存在
ちー姉ちゃんがテニスしてるから私も習う
・・・ちー姉ちゃんがこう言ってたから私もする
・・・ってな感じ

その憧れのちー姉ちゃんがしていた仕事が『歯科衛生士』だったのです

ちー姉ちゃんは地元の大きな県立病院内
の歯科室で働いていました
(一般歯科と言うよりは、体の不自由な人や問題のある人が通院する歯科でした。)ちょっとした検査等で
に行く事があると、用も無いのに歯科室に顔を出し
憧れのちー姉ちゃんの仕事振りを覗いていたのです。。進学を決めた私は早速ちー姉ちゃんに相談しました。
『歯科衛生士』と言う言葉さえ知らない私は・・・私もちー姉ちゃんみたいに歯科医院で働きたいの
助手の資格を取るにはどーしたらよいの?って。。。ちー姉ちゃんは、助手では無く『歯科衛生士』と言う資格・その為に通う学校について等、詳しく教えてくれ年の離れた妹の様な存在の私の選択をとても喜んでくれました。
願書提出期限ギリギリに決定した進路でしたが、担任も私の性格的に進学するのは良い事だと応援してくれ両親もちー姉ちゃんと同じ道に進む事に大賛成してくれたのです。
ヤンチャしながらも要領よく
人並みの成績はとっていたので、試験も見事
憧れの東京の学校に入学したのです。通学の為に寮に入りました。(当時は、学校近くの民家を学長が2軒買い上げ
地方から出て来た学生の為、寮にしていました。)私が入学した歯科衛生士学校は結構厳しい学校だったので、サボル事も出来ず真面目に通いましたよ~!
(授業中は
でしたが
)只、、、好か不幸か学校&寮(管理人もいなく、門限も無い自由な
でした
)の立地が遊ぶにはとても便利な場所にあり、毎晩渋谷・新宿・六本木とネオン街に繰り出していました
衛生士学校時代の話しは、長くなるので又の機会に

そして、国家試験も無事


晴れて『
歯科衛生士
』になれたのです
DHになったは良いけれど、ただ毎日言われた事をそつなくこなし働く日々

やりがいも何もあまりなく、DHになったからDHとして与えられた仕事を続けていました。
多分、転職をしながらも結婚する前まではそんな感じだったかなぁ。。。
(まぁ・・・それにはもぅ1つ大きな理由があるんですけどね
アメンバーさん☆ネッ

)そんな私でも・・・

育休期間中の1年2ヶ月(保育園に入れなかったのです

)は長かった

仕事をしたくてしたくてウズウズしてた・・・

かなり遅ればせながら気付いたんだよねぇ☆☆☆
この仕事が大好きだって


復職後は自分の気持ちが軽くなり、楽しみながら(医院長夫婦のケチさと
人手不足で今はかなり辛いですが
)患者さんの事を考えながら今までとは又、違った気持ちで仕事が出来ていると思います
休日も、
パパに協力してもらい興味のあるセミナーには参加したり認定試験を取ったりしています。(医院長はケチなので
セミナーは出て欲しいと言いながら全て自腹です。講習料は年間10万円以上掛かってますわ
)若い時にもっと勉強しておけば良かったと後悔しながらも今、出来るだけの事をしています


昨年・・・某歯科衛生士の業界誌にて『働くママさん衛生士特集』の取材を受け
大きく載せて頂き益々
やる気が増した単純な私です

ホントの所、まだまだ『歯科衛生士』と言う仕事は一般的な認知度も低く医療の国家試験の割りには立場も弱いのです。
現在→衛生士学校はほとんど2年制なのですが、これから数年をめどに3年制に変わります。(既に変わっている学校もあります)
3年制が定着すれば、歯科衛生士としての業務範囲も今より大分広がるだろうと言われています。(まぁ・・・遠い先の事だと思いますが
)患者さんに愛される歯科衛生士になる様に頑張りますわ


何だか
まとまりの無い文になっちゃった
恥ずかしいわ

長々とお付き合いありがとです

でも、実はこの話にはもぅ1つ悲しい話が付きます
→私が無事DHになって数年後・・・DHになるきっかけになったちー姉ちゃんの身に大変な事がおきたのです
次に続けますね




