おばあちゃん | 小さな幸せ

おばあちゃん

4月15日、母方の祖母が93歳で亡くなりました。


なんとなく書くのを躊躇していたのだけど

私にとって大きな出来事だったので書きとめておくことにします。


亡くなった知らせを正午頃に父から受けて

夕方の新幹線で祖母がいる京都へ急遽出発。

告別式の日は仕事が入っていたのでお通夜だけ出席し

私自身も祖母を見送ることができました。


元教師でしっかりものでお世話好きなおばあちゃん。

一番末の孫である私は本当に可愛がってもらっていたと思います。

おばあちゃんと言えば着物姿。

その上に白い割烹着を着て家事をしていた姿が

今でも目に浮かびます。

孫が成人して自分よりはるかに大きくなってからも

その孫のために何かをしようと

腰が大きく曲がった姿で一生懸命動こうとしていた

そんなおばあちゃんでした。


残念なことに80代半ばで痴呆が始まって

子供や孫の顔と名前は忘れていないものの

ちゃんとした会話を交わせなくなっていたことが寂しかった。

お世話をしてもらった人が

自分がお世話をする人になる切なさ。

私の母は孫の世話と母親の世話を同時期にやってくれていました。

そして私が産まれたとき、同じようにおばあちゃんが

それはそれは一生懸命手伝いをしてくれたことを何度も思い出したそうです。

「当時のことにお礼をするような気持ちでおばあちゃんを看てるわ」と

母は言っていました。

人は産まれたときも老いたときも人にお世話になるものなんだな・・・。


ここ数年は会話ができない病院に入っているおばあちゃんが

私の中で普通の姿になっていたけど

亡くなってからは以前の元気だった頃の姿ばかりを思い出すことが嬉しい。

これから私のためにやってくれたことを一つ一つ思い出していきたいです。


告別式の日は空が近くてきれいな会場で披露宴で仕事でした。

こんなとき絶対休めない仕事は辛いこともあるけれど

私がやるべきことをしっかりやらせていただこうと思いました。


空の近くにいることでおばあちゃんを近くに感じました。


おばあちゃん、ありがとう。



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