母のようにできる限り、できれば祖母のように、最期まで家にいたいという人の希望を叶えたいという気持ちで始めた訪問介護
仕事は楽しいけれど、HSPの私は、訪問介護を始めてから精神的な負担が掛かることも多い
介護職のストレスって、半端ない。
365日、「24時間テレビ」をリアルで見ている感じ
生きるって辛いなって思うことも多々ある。
認知症の独居。
障がい児が大人になり、介護者の親の高齢化。
難病との闘い。
突然の身体障がい。
精神障がいの気持ちの波。
金銭問題。
親子・親戚関係。
いろんな性格の人がいて、いろんな病気、いろんな家庭環境。利用者さんの家で、外ずらではない、リアルな人間性に触れる

24時間ヘルパーが入ることは出来ないので、家で生活するのは無理がある人もいるけれど、ケアマネさんも出来る限り本人の希望に沿うようにプランを考えてくれる。
いつの頃からか、サンサーラを聴くようになった。仕事が辛くて、プライベートにもどっと感情が押し寄せてくる時に、エンドレスリピートで聞いている。
ザ・ノンフィクションの「生きて〜る、生きている〜」ってやつ。
家事をしながらずっと聞いているので、小1の娘も口ずさむようになった

これを聴くと、利用者さんの肉体的精神的な苦痛のマイナス面を受け取りがちのHSPの私が、生への執着を感じられる。
上手く気持ちをコントロールできるようになった

ただひたすら一生懸命にみんな生きてるんだって。生って、愛おしい。
会話をしたり、たとえ話せなくても話しかけに笑顔を見せてくれる。
教えられることが多い仕事。
一歩踏み出して、やりたいことがやれて、本当に良かったな

〜ここからは、私の独り言〜
利用者Aさん。
3ヶ月前、痛みが酷く、少し動くだけでも激痛の日々。でも、入院も施設も拒否で、認知症の旦那さんと家にいたいと。
「今までいろんな病気をしてきたけれど、もう死にたいって思ったのは初めてだった」って笑いながら話すくらい回復したら、2ヶ月前、旦那さんが転倒して入院。Aさんは車椅子で1人で家で生活していた。
その後、他の利用者さんと時間がかち合い、1ヶ月に1〜2日しか私はサービスに入れないでいたけれど、先週木曜日に朝夕2回入った。
しっかりした人なのに、5分前にやったことを忘れていて、気になった。
なんとなく全身浮腫っぽい。月曜日から血便が出ていて、たまに胸が苦しくなると言っていた。医学的なことは言えないので、とにかく病院に早めに行くことを促し、家の中でも携帯は肌身離さず持って、限界まで我慢せずに救急車呼ぶようにお願いした。
2日後の土曜日の明け方、胸が苦しくて、救急車を呼び、それからずっと入院していた。
お子さんがいないので、昨日親戚が集まって延命するかしないか医師から説明があり、呼吸器を取って息を引き取られたそう。
前日、退院して施設に移った旦那さん。
いつも奥さんは「この人は私がいないと何もできない」って言っていたけれど、自分も辛い中、旦那さんの世話を焼くことが生きがいだった気がする。たぶん、私も老後こんな感じなんだろうな。
旦那さんは、入院して認知症が進行して、亡くなった奥さんのこともわからなくなってしまっていた。この現実に、奥さんも旦那さんも直面せずに済んだのは、この夫婦には幸せだったと思う。
本当に、お疲れ様でした。
結婚してすぐに子宮を取り、子供ができなかった。若い頃は旦那さんは単身赴任が長く、奥さんはお花の先生をしてベンツを乗り回していた。肝炎になったり、夫婦で胃がんになったり、ずっと病気と闘ってきた。
いつも、家に入るとほっこりして、いろんな話をして楽しかったな。最後のサービス、翌日ヘルパーが入らないから、夕飯を作りながら簡単につまめるものを作ったら、凄く喜んでくれたな。
人生の最後の1年半に関われたこと、嬉しく思います。