自分の存在意義をこの世の中に見出したいと


そう思ってしまう。


でも、私はそもそも

世の中の役に立っていない。


家族に対しても、何もできていない。


そもそも、私は自分の存在価値を感じていない。

常に否定的に考えて、申し訳なさの中で生きている。


そこに外部から槍を投げられることがある。


意図しないものだったり

意図的に投げられることもある。



そうなった時に、私はより自分の価値を低く低く

むしろ、いなくなった方が平和だと思う。



自己肯定感が極端に低い。


それは、私の生い立ちがそうさせているのだと思う。




私の容姿や、存在を否定するような発言を、記憶の最初からずっと浴びせられていた。


それが当たり前であったし、私の中の私はそれが普通であったから


私はそうなんだとすんなりと受け入れて


褒められたりしても、鵜呑みにせずに

社交辞令だと、そう思って過ごしてきた。



そもそも存在を否定するような思考や性格になった中で、外部からの言葉や出来事は、耐えられなくなることがある。


けれど、その相手にお願いして、言わないで欲しいなんて言わない。


相手に期待しない。

期待するのは残酷で、勝手に私の理想を相手に押し付けることになるし、

それにそんな、労力を使いたいとは思わない。


だから、自分が変わること。

自分がこの気持ちから離脱できる方法を見つけることが大切だと思ってる。


私は温かいミルクティーを飲みながら、ホリディという映画を観ることで、ある程度安定することができる。


変わらないもの。

観慣れている内容。

とても、ハッピーな終わり方。

観ていて気持ちが沈まない。

だから、私はいつもクッションとして、この方法があるということを、お守りとして持っている。



そうすると、大概のことは乗り越えられる。



病気だから、1人で生きていくことが難しい。

けれど、1人になりたい。



できればいなくなりたい。


綺麗に

穏やかに

苦しまないように

いなくなりたい。