前回のブログを書いて数時間後、母が入居している介護施設から電話が。
そう、真夜中の電話です。これまでにも何回かありました。
今回は深刻な状況のようで、ベテラン介護士もすぐ来れますか、と緊張の声色。
遅い時間にシャワーした後だったので、慌てて髪を乾かして向かいました。
いつもの道は街灯が多い通りだから、真夜中でも戸惑うことなく行けました。
心配しながらも絶対大丈夫、と祈りながら。
到着していつも通りに手を洗って消毒を、と身支度していたら、
介護士さんが「そんなのいいから」と小声ながら怒りの声。
そんなに危険な状態?と心臓がバクバク。
顔をみながら手をさすってみましたが、反応は鈍い。
声は聞こえていますから声掛けしてあげて下さい、と介護士さん。
そうはいっても4人部屋なので、カーテン越しに声が漏れてしまう。。。
こちらも声が震えてしまい、小声でとぎれとぎれに話かけました。
情けないけれど、何を言ったらいいのか、わからなかったわ。
母は奇跡的に最悪な状況は脱して、少し呼吸も楽になりました。
寝不足だったこともあり、心臓がバクバクいっていた為、いったん家に帰りました。
介護士さんは、「この危篤状態で帰るのか?」と言いたそうだったけど。
過去にも同じように回復したことがあったので、私は大丈夫だ~~~と考えたのね。
期待して3時間ぐらい眠れた後、午後には施設に行こうとのんびりしていたら電話。
「お母さまの呼吸が止まりました」
ひとりで逝かせてしまいました。
泣いて泣いて泣いて・・・
お母さん、回復してみせたのは、私を休ませるためね。
最期まで自分のことより子供優先で、心が痛いです。
93歳、死去を知らせる友人もなく、ご近所づきあいもありません。
母の兄夫婦はすでに亡く、亡き父方の兄弟は不義理ばかりで生死もわからない状況。
連絡先電話番号もすでに使われていませんでした。
縁の薄い従妹に親戚の連絡を頼むのもはばかられ、家族葬で送ることにしました。
兄夫婦と私、母の兄の子供である甥と姪の5名です。
母が生前に互助会を頼っていたので、葬儀はお任せしました。
前にお世話になった施設で撮った笑顔の写真を遺影とし、
参列者の代わりにお花で見送っては、と提案を受けてフラワーセットを付けました。
香しく清々しい花々に囲まれて旅立たせることができました。
質素だけれど、今の私たち兄弟が背伸びせずにできるしつらえだったと思います。
母も喜んでくれるといいなあ。
おかあさん
今まで本当にありがとう。
