ここはチベット族の村の中にあるお寺になります。
『安多政教史』によると、明の万暦43年(1615年)、第三世ダライ・ラマのソナム・ギャツォが
この文殊寺に招かれました。
彼は、彩虹が獅子に乗る文殊菩薩を取り巻く姿を目にしたとされ、約3か月間、自ら文殊寺の石窟を修復しました。また、仏像を安置し、盛大な開眼・安置の儀式を主催したと言われてます。
お寺の後ろは小高い山になっておりタルチョがなびいてました。
お参りをして後ろに行くと
白い羽が上から落ちて来ました。
とても嬉しい気持ちになりました。
ここはチベット族の村の中にあるお寺になります。
『安多政教史』によると、明の万暦43年(1615年)、第三世ダライ・ラマのソナム・ギャツォが
この文殊寺に招かれました。
彼は、彩虹が獅子に乗る文殊菩薩を取り巻く姿を目にしたとされ、約3か月間、自ら文殊寺の石窟を修復しました。また、仏像を安置し、盛大な開眼・安置の儀式を主催したと言われてます。
お寺の後ろは小高い山になっておりタルチョがなびいてました。
お参りをして後ろに行くと
白い羽が上から落ちて来ました。
とても嬉しい気持ちになりました。