今日ふと感じた。
現実の表面を滑ってる感覚。
毎日がどこか上の空で思考が脳みその中心に入っていってないのが分かる。
脳みその表面を思考が滑って楽しそうに回ってる感じ。
思考が中心に行かないように脳の表面に膜を張ったシャボン玉液で滑らされてて、いつの間にか「思考を巡らすより表面滑ってる方が楽しい🎵」と脳が誤認した楽しさの中で、誤認した幸せな日々を送ってしまってるんじゃないかと。
決してネガティブな意味じゃなくて‥
もっと季節に左右されるような、日の出・日の入りを中心とするような、日当たり日陰を利用するような空気の流れを考えるような‥
農家の方が種まきから収穫までの1年や5年スパンで日々段取りを進め、林業の方が苗を植えて伐採まで60年のスパンで日々手をかける。
上手くいえないけど、長いスパンの中の日々のファジーな段取り‥台風や大雨から守る必死の対策や道具の手入れ‥なにかこう‥地球に大地に生まれ落ちて来たからには地球のリズムで地球の恵みで、ある時は自然の猛威と戦い、ある時は心からの感謝を抱きながら、脳みその中心までしっかり使って、種まき.水やり.植え付け等々‥今日.明日.明後日.来週.来月.来年.2年後.5年後.10年後.50年後‥と日々段取りをし、与えられた身体をしっかり使いこなしていく生活‥。
ここ最近の日々のボンヤリ感‥くすぶり感は『地球でしっかり暮らす』という魂が綺麗な色で燃えるような生活の経験が足りてないからなのかもしれない。