ボランティア仲間から2年振りに
メールが届きました。
年賀状を出したからだ。
k氏は喪中だったらしく
『喪中を、お知らせせず失礼いたしました。』と丁寧な挨拶が記されていた。
私は複雑な
気持ちで、メールを読みました
新しい年の始まりは、希望に満ち、
せを感じたいと考えている。
昨年の年賀では
考えさせられる事も多く、単純に年賀を送る行為そのものを考えたものだ。
年賀を受け取る人間性が問題であって、人柄を見極めなければと
したものです。
1年に1度の年賀は「生きている」確認をしあって、
喜ぶのも有りだと思っています。
今年の3月迄には、ボランティアを継続するか
決断の時期が来ている。
しかし・・・
私自身がボランティアを続ける資格(心の広さ)がないと思いました。
「人の悩みを受け止める」ボランティアに携わる人として、
「人のふりを
見て」自分を振り返る時、辞めるのが妥当ではないかと感じました。
メールが届きました。
年賀状を出したからだ。k氏は喪中だったらしく
『喪中を、お知らせせず失礼いたしました。』と丁寧な挨拶が記されていた。
私は複雑な
気持ちで、メールを読みました
新しい年の始まりは、希望に満ち、
せを感じたいと考えている。昨年の年賀では
考えさせられる事も多く、単純に年賀を送る行為そのものを考えたものだ。年賀を受け取る人間性が問題であって、人柄を見極めなければと

したものです。1年に1度の年賀は「生きている」確認をしあって、
喜ぶのも有りだと思っています。今年の3月迄には、ボランティアを継続するか
決断の時期が来ている。しかし・・・
私自身がボランティアを続ける資格(心の広さ)がないと思いました。
「人の悩みを受け止める」ボランティアに携わる人として、
「人のふりを
見て」自分を振り返る時、辞めるのが妥当ではないかと感じました。