唐突におっかしいことをいうけど
生きづらい、今。勿論、ここにおける“生きる”という意味は、自分から発した意見に基づいて何かを成し遂げる、という意味だ。生き づらいのではない、生きようとしていないのだ。生きようとしていない自分がいることに気づいてしまった。自分の意見がなぜないかと考えてみた。なぜ人に反論しないまま、それでも不満を持たずに行動しているのか。今日、知識の乏しい身であるが、考えてみた。それは、自分に意見がなくても呼吸をし続けていられる状況が出来上がっているからである。今の日本は、そういう環境を私に提供し続けている。確かに、自分で何かを変えようとしなくても生活していくのには困らないかもしれない。おなかがすいたらコンビニでおにぎり🍙を買うことができるし、娯楽の選択肢は溢れかえっている。“楽しい”人生は送ることができる。しかし、本当に私はこのままでいいのか。この先、少子高齢化が進み、経済は衰退することによって生活は安全に保障されなくなる。経済を発展させようとすればするほど二酸化炭素排出量は増え、温暖化が進行し、異常気象による死亡者は夥しい数になるだろう。このまま、この環境に安住して、きもしない経済発展を願うのか。今こそ、頭を使って、この絶望から逃れる方法を考え出すべきではないのか。ただ、今の時点で考えてみても正しい方向に進めるとは到底思えないから、現状の社会の知識を増やしたい。主に古典を読んで。