私が彼女との待ち合わせと取材の場所に選んだのは、
赤坂プリンスの旧館にあるナポレオンの個室だった。
荘厳な雰囲気が彼女に似合っていると感じたからだった。
赤いカーペットに厚いカーテンの個室で
私は最初に何から聞こうかと…少し緊張していた。
ドアが開き黒服のウェイターが
『お連れ様がお見えになりました』と開けきったドアの向こうに
一本の乱れもなく全ての髪をまとめあげた彼女の艶めく笑顔が見えた。
ナポレオンに相応しくグリーンのレノマの細身のスーツにBVLGARIのバック、椅子を引くウェイターに軽く頷く仕種はサラブレッドの威厳を現していた。
私は緊張感を一層高め『ビールにします?』
と聞くと彼女はニコリと微笑み
『私あまりたしなめませんのでコーヒーを』
たしなめない…もうあまり聞かない日本語だった。
コーヒーが運ばれ二人きりになった瞬間灰皿を引き寄せ彼女はがらりと変わった。
高貴な光を放っていた彼女は
『私に何を聞きたいの?』
まるで優しい姉のような眼差しで私を見てくれた。
『亜矢子さん緊張している』と笑った。
私は一瞬にして魔法がとけた。
さっきまでの威厳と高貴なまでの冷たさから一気に旧友のような雰囲気。
この間合いこそ人を引き付ける彼女の魅力なのだろう。
そんな事を考えている私に
『このタバコ…マルボロライトは弟の吸っていたタバコなの。生前私違うタバコだったけれど彼が亡くなってこれに変えたの』
一瞬彼女は遠くを見つめた。
しかしすぐに私に視線を戻し『何から聞く?』
次第にコケティッシュに変わる彼女。
そこにはこの部屋に入ってきた冷たさは微塵もなかった。