辿り着いた介護付き有料老人ホーム、果たして老人ホーム巡りはこれで最後なのか?
これまでお世話になってきたホームの施設長から願ってもない有り難い電話をもらい、夫の賛成を得て、
薦めていただいた施設に移る事を決断し、契約する事にした。
自宅からは相当離れてしまうが、やむを得ない。
距離は重要なポイントだとは思う。近いに越したことはないのは事実だけれど・・・
費用の問題はやはり最優先させて考えるべきだ。
義母は90歳を過ぎている。
終末期に掛かる医療費の事もそろそろ念頭に入れなければならない時期に差し掛かってきていた。
決断は早い方が良い。
移る事によって何か問題が起きればその時対処すれば良いと思った。
結果は「案ずるより産むが易し」だった。
義母は施設職員さんによって新たな施設に引っ越しを済ませていただき、
後日、私と夫は義母の居る施設に向かった。
さすがに時間を考慮し高速道路を利用する事にした。
トンネルが何度も現れる。
前方は山並みが連なり、
新緑が眩しく、そのグラデーションはとても美しい。
真剣に運転に集中する夫、
景色の美しさに感嘆の声を放つちょっとお気楽な私。
高速道路から出る。
何処まで登って行くのか?
施設は山の頂上付近にあった。
温かく出迎えて下さった数名の職員に義母の現在の状況を聴いてほっと胸をなで下ろした。
最初はどうなることやらと心配していました。
不穏状態で迎える覚悟を決めていました。
でも、心配していたようなご様子は一切なくて、最初から落ち着いておられた事に驚きました。
少しお待ちくださいね、呼んできますね。少し前に昼食を終えられたところですので・・
暫くぶりに会った義母の表情を見て私は涙が零れそうになった。
義母はとても穏やかな表情をしていた。
義母と暮らした19年弱の歴史の中でおそらく一等賞の笑顔だ。
私はこれほどまでに柔和な義母の顔を未だかつて見たことがない。
よく来てくれたね。ありがとう。
此処に居る事は誰にも言ってないのにどうして此処が分かったの?
知っているお人に此処を教えて貰ってね、連れてきて貰ったのよ。
(義母さん、私達が決めた事なのに… )申し訳ない気持ちになった。
義母は幾度も幾度もこれらの言葉を夫と私に向かって言い続ける。
もはや今の義母にとって夫も私も息子とその配偶者(嫁)という認識がないのかもしれない。
ただただ、にこやかに目の前に居る私たちに感謝の言葉を述べ続ける義母。
義母さん、ごめんなさい。一緒に居る時優しくできなくて、
イライラして、辛く当たってしまった時があったね。本当に御免なさい。
私は心の中で義母に詫びた。
超高齢化社会に突入しているこの日本。
団塊世代が75歳以上の高齢者となる2025年問題はもう目の前だ。
十分な対策も、具体的解決策も遅々として進まぬまま、
お題目の通りに行かぬばかりか、当初から懸念されていた介護保険制度の見込みの甘さや不備、
政府はその綻びに本当は最初から気づいていたのではなかろうか。
介護を家族に委ねる、在宅介護という名の体のいい政府の圧縮財政に飲み込まれ翻弄される家族。
家族を疲弊させていく。そして介護離職による貴重な労働力の減少が起きる。
離職により経済的にも困窮する家族の存在に決して目を背けてはいけない。
そして介護を担う職員の不足は益々現場の職員に過重な労働を強いている。
我が家は幸いにも義母の貯金は少なかったものの、
義母の遺族厚生金の手取り額が男性が手にする厚生年金の平均並み以上であったから、
【施設】という選択肢があった。
しかし、介護は「末っ子で次男である夫」と「私」に完全に丸投げされ、
義兄は勿論の事、義姉からも一切の連絡はなく、
私達だけで抱える事となった三年の日々。
身体介護はそれほどないものの、妄想や暴言、徘徊などに苦しんできた。デイサービスは行きたがらず、常に拒否、心身の休まる時があまりなかった。
認知症介護はなかなか厳しい。
近代においては表記に違和感を抱く、「次男」とか「長男」「長女」 、基本的に親の扶養には優先順位等は関係がないのは承知しているけれど、
近距離に居住する義姉には義母の認知症罹患を知らせてあるのだから、
せめて様子を伺う電話ぐらいあっても良いのではないだろうか。
協力するつもりのないお節介も不要だし求めてはいない。
だが、実の親の事に知らないふりを決め込む、それはないだろう。
新たに入居した施設の利用料金はこれまでの施設と比較してかなり低料金だ。
夫や私の間近に迫る老後資金に手を付ける事無く済み、逆に今の所、月に数万円の余裕が生まれる事になった。
少なくとも夫と私は「経済的な問題の肩の荷」は降ろす事が出来た。
この新たな施設に移れた事は、
正に天の恵みの様な出来事だった。
低料金の施設はどこも人気で謂わば、
【椅子取りゲーム】状態である。
この施設に入居出来た事は奇跡の様な出来事だ。
私と夫は大いなるもの(神様)に見守られている。そんな気がしている。
特定の宗教の信仰がない私と夫ではあるのだが…。
義母のあの穏やかな顔が目に浮かぶ。
連休は好物を携えて義母の居る施設を訪ねよう。