前回に続いて 次男坊のコトを
綴ります。
【2】
次男坊 小2に
2年生に上がった次男坊
担任になった先生は 赴任したての
先生でしたが 次男坊のコトを
理解してくれて 次男坊に合わせて
焦らずゆっくり 学校に行ける環境
作りからしていただきました。
先生と言う立場の人 全てに
拒絶反応 病院の先生もNG!!
20代〜30代の女性に対しても
拒絶反応
鉛筆✏️を持つ手が震えるのは治らず
本を読もうとすると 自然と涙が溢れる。
この頃は 人の目を見て 話しをするコトも
出来なかった。 母親の私の目すら
見れなかった。
ただ 次男坊
自分も学校に行きたい
みんなと勉強したい と
毎日 毎日 机に座り 鉛筆✏️を握り
震える手で 字を書いたり
涙堪えながら必死で 音読したり
トラウマから逃げずに 頑張ろ 頑張って
前に進もうと 努力し
そして 力尽き 精神的に自分を
追い込んで 自家中毒 の繰り返し。
そんなコトで自宅学習もロクにできない。
なので 基礎中の基礎が全くできていない
次男坊を 先生が変わったから 学校へ〜
なんて そんな 甘い話し 無理だと
分かってはいたけど 少し🤏 期待を
してしまってた この頃の私………。
とりあえず 担任の先生と まず
学校に来れる 学校は楽しい場所
って思える環境作りから入りました。
校長 教頭は相変わらず でしたので
完全にスルーしてました。
週に一度 半日だけ 学校へ〜から
入りました。 宿題などはなしで。
授業も 分からなくて 当たり前なので
鉛筆✏️も持たなくていいよー
休み時間はまずお手洗い済ませて
お友達と遊んでみよう。
それに慣れてきたので
次は 給食を一緒に 食べてみよう。
次は 週に2日 半日に
次は 週に3日 半日が難しい時は
1時間で‼︎
図工や体育の授業をメインで 学校に
行かせて。
一学期の終わりには
週に3日程度 通えるまでに。
そして 夏休みに入り
夏休み終わり2日前り 連絡網で
担任の先生がご懐妊の為 学校を辞める‼︎と
💢😡😭😓 ビックリ‼️
次男坊はどうなる〜って
焦りました。
とりあえず今後のコトもあったので
担任に連絡。
担任の先生は このまま続けたいと
学校に直談判をされたのですが
学校側が2学期は運動会やら文化祭など
行事があるので身重の先生はNG
とのコトで渋々 去っていきました。
もちろん 私も黙ってられないので
校長と話をしました。
『新しい先生が来られるので
次男坊は大丈夫。学校としても
精一杯サポートします。』と
まっ!信用、信頼はしてませんでしたが…
案の定 2学期に来た先生は男性で
事情は把握してくれましたが
当たり障りのない対応で
って言うか 何もしてくれない
ほぼ 放置状態。
またもや 次男坊は 学校へ行けなくなり
不登校に逆戻り‼︎
痺れを切らせ この時初めて 教育委員会へ
相談に行きました。
1年の時の先生のいじめのコトも
2年の1人目の担任の先生を変えた
学校の対応も 今後の次男坊についても
調べた上で 対応策やサポート体制を
作ります。とのコトだったので
教育委員会へひとまず 任せました。
結果‼︎ 何の音沙汰もなく1ヵ月 2ヵ月が経ち
教育委員会へ乗り込み‼︎に
なんと‼︎なんと‼︎
担当者が異動になったので
現状こちらでは
何も把握しておりません‼︎😭
だった。
この頃は 私も精神的に まいって
長男 次男を連れて
実家に帰ろ と準備はしてたのですが
実家は実家で色々あり(家庭環境に問題あり)
帰れる実家がなくなったと言うか
帰りにくい実家になってしまって
断念‼︎‼︎
※元旦那は俺は 俺はどうすればいいん?
みたいな人だったので
ずっと別れたかったのですが
離婚に全然応じてもらえず
仕事も独立して会社が
軌道に乗り始めてたので
子供達のことよりも 会社と自分(元旦那)
最優先でって
私にも強要してきて……
と精神的に最悪な環境だった。
今回はこの辺で……
また続き書きます。
読んで頂いた方 感謝です。