何気なくもらった雑誌に書いてあった。

心理学では『苦しんでいる人に共感しすぎたあまり、心をすり減らしてしまうこと。』をさすらしい。

この大筋の話は震災の話で、それぞれの立場で心を痛めながらも生きて行く話が展開されてて。

。。


でもそれって、いろんな話に置き換えられるなぁって思った。


他人を思いやるあまりに苦しんじゃう人。

友達の悩みを聞いてて自分のように落ち込む人。


その空気感を共有するとき、

深くその空気を吸い込みすぎるから結局むせちゃって苦しくなるんだろうね。


でもさ、一緒にむせてみると、苦しいけど、吐き出した後は一緒にすっきりするから
心理学でなんと言われようが一緒に吸い込もうとするんだよね。
それが一概に優しさっていうわけでもないけど。


もし、保育に置き換えるとすれば

友達とうまく仲直りが出来ないっていう困難が
子どもたちの目の前にたちはだかっていても、

まずcocoは手を差し出さないで見守る。

その困難の先で子どもを待つ事もあれば、ヒントをあげることもある。
もちろんそれがcocoのひざの上に子どもがいるときもあれば。ちょっと離れたところにもいる。

最初から手を広げて抱きかかえちゃって割って入ってcocoが解決しても
その子の為にはならないから。


そう考えるとつくづく

こどもと大人は悩みがちょっと複雑になってるけどかわらない。

違うのは

子どものように大人は近くに担任の先生っていう存在がいなくて

友達やいろんな人の心の中にいる小さな先生達から話を聞いて、考えて、
悩みや困難を解決しなくちゃいけないってこと。
そして、注意しなきゃいけないのはその先生がすべて良いとは限らないってこと。



保育と私生活。4年目の感覚はこんな感じだなぁ♪