今や5歳になった息子が新生児だった頃はなかなか寝ない子で、ようやく寝ついても床が『パキッ』と鳴る音などですぐ目を覚ますので、手を焼いていました。

それを見ていた母から、
「あんたも同じだったよ〜
寝たと思ったら少しの音でビクッて起きる子だったよ〜」
と、そんな話を初めて聞きました。

大人になった今でも、人より聴覚が敏感であるという自覚はあり、私は「聞こえた音」として脳が処理すべき音を選んで通過させるフィルターがザルなのではないかと思っています。

以前は音でイライラすることも多かったですが、最近は割り切って音が気になる時はさっさと耳栓をしています。
自宅用と持ち出し用のペンケースに1セットずつ、ベッドのヘッドボードに1セット、旅用のかばんに1セット、合計4セットの耳栓でフォーメーションを組んで、平穏な生活が実現しました。
音に敏感な人には、無理せず戦わず、耳栓をおすすめしますよ。


そして、せっかく聴くなら、良い音を聴いていたい、と思うのですよね。

今日ビックカメラへスマホの機種変更に行き、20分ほどお待ちくださいと言われたタイミングで、音響機器のコーナーをうろつきに行きました。
オンキヨー、KENWOOD、SONY、BOSE…商品棚に並んだ夥しい数のステレオから音が洪水のように流れ出していますが、不思議とうるさいとは感じません。

自宅で使っているBOSEのステレオの調子が悪く、修理(費用2万円也)に出すか買い替えるか…と悩みながら、ひとつひとつのステレオに耳をくっつけて音を確認していたら、どこからか、びっくりするほど美しいサクソフォンの音色が聞こえてきました。

あ、コルトレーン、とすぐにわかるほどの澄んだ音色。つい音の出所をキョロキョロと探してしまいます。
音に近づくにつれて、サックスのバックに流れるマッコイ・タイナーのピアノが聴こえ、すぐに床に置かれた高さ1メートルほどのスピーカーを探し当てました。

お値段1台15万円。(左右で合計2台買うんですよね、もちろん)

その美しい曲は、コルトレーンの"Say It Over and Over Again"でした。
大学生の頃、この曲を聴くたびに「青白い月の光に照らされた夜道を満ち足りた気持ちで歩くような、それでいて少し悲しいようなステキな曲だな」と思ったものでしたが、久しぶりに聴いたらやっぱりステキです。



スピーカーの前で、体にしみ込ませるように音を聴いていたら、控え目に近づいてきた店員のおじさんと目が合い、「これ、すごく良い音ですね!」と思わず言ったら、「もっと良いのが聴けるよ、こっちのは」と、床にじゅうたんが敷かれたエリアへ私をいざなうおじさん。
いやいやいや買えないしっ、と言ったら「そんなこと重要じゃないの」と…

じゅうたんの上に巨大スピーカーがモアイ像のように立ち並ぶスペースで、ちょっと昔の歌謡曲のようなものをかけてくれたのですが、なんと言ったらいいのか、全然歌謡曲に聴こえないのです。音が良すぎて。
TVの歌番組で、歌謡曲ってこういうものなんだな、と思って聴いてきたものと全く違って聴こえたからかもしれません。
お値段一台99万円のそのスピーカーの前で、おじさんが色んな話をしてくれました。


これらのスピーカーは大きい音が出るしろものだから、買う前にある程度の大きさと防音できる家に住むことが必要なこと。

おじさんも小学生の時に、いつかでかいスピーカーを買うと決めて、35歳の時に防音マンションに引っ越してやっと念願叶って100万円くらいのものを手に入れたこと。

5年間その家で聴きまくった後、また引っ越す時に、スピーカーは高値で売れたこと。

金持ちの道楽なんじゃなくて、そうやって知恵を絞って良い音を楽しむこともできること。

4歳の子どもを連れて売り場に来た家族連れが、次々と試聴していくうちに、あるスピーカーが鳴った途端、それまで走りまわっていた子どもがぴたっと止まり、すぐにそのスピーカーに駆け寄ったこと。

人とスピーカーには相性があること。

おじさんは今年定年退職して、半年ほど前から好きなものに囲まれるこの職場で働き始めたこと。


おじさん、幸せオーラ全開って感じで、たくさん幸せのおすそ分けをいただいてしまいました。
これから定年のない時代が来る、一生働くのだ…と言われたりしていますが、こんな巡り合わせがあるなら、肩書が変わるときこそチャンスなんじゃないか、と思えてきます。


「5歳の息子さんがいるのかぁ。
子どもにこそ、良い音聴かせてやってよね。
今度ここに連れておいでよ。
子どものCD持ってきたら、このスピーカーで聴かせてやれるから。」


三桁万円のスピーカーで聴く童謡なんて、想像しただけで楽しすぎる😆


うちのBOSEも、やっぱり修理に出そうかな。帰宅して、子どもの顔を見てそう思いました。