さっき、一人でワークしてましたφ(.. )
めっちゃ気付きましたので、シェアします。。
お金の信念体系ね。
先日の続きカモ→既に私は満たされていた
旦那さまやダーリンさまより、お金を受け取ること。
お金というか、価値でもいいや。プレゼント、日々の生活費、おこづかい、デート代、ホテル代、食事代…etc
いっぱいありますが、心置きなく、「ちょー嬉しいんですケド
」ってくらいの気持ち100%で受け取れる人ってどれくらいいるのかな?
私は、めーーっちゃ 罪 ・ 悪 ・ 感 !
申し訳なさ、後ろめたさありありです(;´Д`)ノ ダーリンよ、嘘じゃないヨ(笑)
そして、どうでもいい人達からのプレゼントや奢りには、ほぼ罪悪感感じず、
何でしたら「はよ払いなはれ、くるしゅうない:*:・( ̄∀ ̄)・:*: 」という不敵な笑みさえ浮かべれるのです。
何?!この落差は。。
コワイ、自分でも。
そして、久々にシータヒーリング®の掘り下げワークとか、信念体系にまつわる置き換えなどなど、思考のエナジーワークをやってみて、いろーんな方向から観てみました、自分を。
とにかくね、やっぱりのやっぱり、お金にあんまりいいイメージをいまだに抱いてないのよね。
そして、親への思い込みもまだあったし、
そしてそして、コントロール・支配されることへの恐怖感。
色々余計なパターンに包まれてた。
私にとって、大事な人からお金をもらうことは、恐怖だったのね。
そのことを考えると、心がワサワサする。
ワーク中、色んな思いと、記憶が出てきたのですが、土台となる思いは2つでした。
ひとつは、やっぱり、、
「こんな私なんて、与えられる価値なんてない」
にたどりつく。
どうしても、そこに行ってしまう。
ていうか!!
自己価値なんて、後付けなんだよね、ほんと。。卑屈だねぇ。
って自分に言いたい(><;) ていうか、言いました 汗
そして同時に、、
絶対に支配もコントロールもされたくない
私という尊厳は明け渡したくない
という名もなきプライド。
お疲れさま、あたし(肩ポンポン)
って思いました、ほんと
先日の記事でも書きましたが、私、子供時代は割と裕福に暮らしていたのですが、それでもやっぱり親の背中を見てたし、羽振りがいいと言っても、身を切って仕事をしていたと思うのです。
自営だったので、独特のお金に関する怖れはホントにパターンとしてあったし、それはしっかりと受け継いでいた。
それだけ、自分は責任も感じていたんだと思う。
ふわっと生きてきたつもりだけど、私が何とかしなければって、どこかで思っていたのかもしれない。
なんて、自分を労ったのでした。
自己価値、、それは飽くまで何度も言うけど、後から自分で勝手に付けたもの。
自分で信じてるだけ。自己価値という幻想。
生きてる以上、本当は価値もクソもないはず。
ただそれだけ。
そして、旦那さまやダーリンさまが稼いで、諸々自分のためにお支払をしてくれる件。
これは、古代マンモスの時代まで遡ったとしたならば、
いわゆる「獲ったどーー!!
」状態なんだと思う(笑)
男は狩りに出る訳ですよ。嫁と子供達のために。
旦那さまが獲ったお肉に、嫁も子供もむしゃぶりつく訳ですな、これが。
しかも、大喜びして!
「さすが、お父さん!」状態
少なくとも、「私なんて」ていうブロックはなかったハズ!(笑)
そして、父は嬉しかったハズ!
だから、一番お得意の狩りのやり方で、意気揚々に獲物を獲って来てくれたなら、こんなに嬉しいことないよね
今は昔、そもそもの原理はこんな感じでシンプルだったのかも。
男が女のために稼ぐって。
だったら、それでいいんじゃ?と腑に落ちてしまったのです、わたし。。
単純と呼んでください
めっちゃ気付きましたので、シェアします。。
お金の信念体系ね。
先日の続きカモ→既に私は満たされていた
旦那さまやダーリンさまより、お金を受け取ること。
お金というか、価値でもいいや。プレゼント、日々の生活費、おこづかい、デート代、ホテル代、食事代…etc
いっぱいありますが、心置きなく、「ちょー嬉しいんですケド
」ってくらいの気持ち100%で受け取れる人ってどれくらいいるのかな?私は、めーーっちゃ 罪 ・ 悪 ・ 感 !
申し訳なさ、後ろめたさありありです(;´Д`)ノ ダーリンよ、嘘じゃないヨ(笑)
そして、どうでもいい人達からのプレゼントや奢りには、ほぼ罪悪感感じず、
何でしたら「はよ払いなはれ、くるしゅうない:*:・( ̄∀ ̄)・:*: 」という不敵な笑みさえ浮かべれるのです。
何?!この落差は。。
コワイ、自分でも。
そして、久々にシータヒーリング®の掘り下げワークとか、信念体系にまつわる置き換えなどなど、思考のエナジーワークをやってみて、いろーんな方向から観てみました、自分を。
とにかくね、やっぱりのやっぱり、お金にあんまりいいイメージをいまだに抱いてないのよね。
そして、親への思い込みもまだあったし、
そしてそして、コントロール・支配されることへの恐怖感。
色々余計なパターンに包まれてた。
私にとって、大事な人からお金をもらうことは、恐怖だったのね。
そのことを考えると、心がワサワサする。
ワーク中、色んな思いと、記憶が出てきたのですが、土台となる思いは2つでした。
ひとつは、やっぱり、、
「こんな私なんて、与えられる価値なんてない」
にたどりつく。
どうしても、そこに行ってしまう。
ていうか!!
自己価値なんて、後付けなんだよね、ほんと。。卑屈だねぇ。
って自分に言いたい(><;) ていうか、言いました 汗
そして同時に、、
絶対に支配もコントロールもされたくない
私という尊厳は明け渡したくない
という名もなきプライド。
お疲れさま、あたし(肩ポンポン)
って思いました、ほんと
先日の記事でも書きましたが、私、子供時代は割と裕福に暮らしていたのですが、それでもやっぱり親の背中を見てたし、羽振りがいいと言っても、身を切って仕事をしていたと思うのです。
自営だったので、独特のお金に関する怖れはホントにパターンとしてあったし、それはしっかりと受け継いでいた。
それだけ、自分は責任も感じていたんだと思う。
ふわっと生きてきたつもりだけど、私が何とかしなければって、どこかで思っていたのかもしれない。
なんて、自分を労ったのでした。
自己価値、、それは飽くまで何度も言うけど、後から自分で勝手に付けたもの。
自分で信じてるだけ。自己価値という幻想。
生きてる以上、本当は価値もクソもないはず。
ただそれだけ。
そして、旦那さまやダーリンさまが稼いで、諸々自分のためにお支払をしてくれる件。
これは、古代マンモスの時代まで遡ったとしたならば、
いわゆる「獲ったどーー!!
」状態なんだと思う(笑)男は狩りに出る訳ですよ。嫁と子供達のために。
旦那さまが獲ったお肉に、嫁も子供もむしゃぶりつく訳ですな、これが。
しかも、大喜びして!
「さすが、お父さん!」状態
少なくとも、「私なんて」ていうブロックはなかったハズ!(笑)
そして、父は嬉しかったハズ!
だから、一番お得意の狩りのやり方で、意気揚々に獲物を獲って来てくれたなら、こんなに嬉しいことないよね
今は昔、そもそもの原理はこんな感じでシンプルだったのかも。
男が女のために稼ぐって。
だったら、それでいいんじゃ?と腑に落ちてしまったのです、わたし。。
単純と呼んでください
