突然ですが再就職したいとの感情が湧き上がってきて
こっちにきてからボチボチ勉強を始めました。


ただやはり就職するにも病気がネックなのですよね。
困りました。大変大変不安です。

父の元部下の方で私も幼いころよくヨットに一緒に乗せて貰っていたよく知る方ですが
父の仕事の後任に彼を指名したら責任感と重圧と周りとの意見の対立で孤立状態になってしまい、私と同じ躁うつ病を患ってしまい仕事をお辞めになられてしまいました。
その後の就職先のサポートもしたようですが、こういう病気なので長く続かなかったみたいです。

父はH社の重役だったのですが、大変優秀な元部下さんのこの方をサポート出来なかったことをそうとう後悔しているようでよく私にも話してくれていました。
中学生のお子様もいらっしゃるのにご両親にもフリーの状態を伝えられていなく、奥様と元部下さんと父と何故か私もご一緒に厚木にあるカフェでお話をしたのは一昨年の11月頃でした。
この頃よく電話が父にかかってきていて就職先のサポートのお願いだったようです。
口が避けても自分の妻が闘病中だとは言えなかったようですし、失礼ながら当時は母の介護で毎日一杯一杯だったので正直ちょっと勘弁してくれなんて思っていました。

が、私も一緒にお会いする事があり、久しぶりにお会いしてみると頼る相手もいないとても厳しい様子が伺えました。
同じ病気を持っている私ですが少し言いづらくも障がい者年金の受給を申請するか、ご両親にご相談するべきだと生意気ながらもお伝えしましたが・・
いろいろな事情があるのでしょうが、ご両親には伝えられないと
だけどこんな状況で住宅ローンも払っていて、奥様も大変でしょうに、まして高校生になるお子さんがいらっしゃる

その後、私は母の所にいたので行きませんでした(というか私がそもそも首を突っ込む要件ではない)、父の説得で相手方のご両親と奥様と元部下さんと父で話し合いが行われ、家を全面的に家族のサポートを受けられることになったそうです。
実は鎌倉のとても裕福なご実家だったそうです。何年も違和感を感じていたものの本人のプライドが高いのかそういう話にいままでならなかったそうです。

ちなみにその方は昨年躁うつ病は完治したと最近主治医の先生に言われたそうですが
私から見ても全然完治とは言い切れないと思います


なかなか理解もされにくい難しい病気
治ったと思ってもなかなか治らない病気

幸い私には周りにサポートをしてくれる人々がいますが
もし独りだったらどうなっていたのだろう・・
子供がいたらどうだっただろう・・


高校生までまともに勉強しないで親に甘えて生きてきましたが
家庭が半崩壊状態になり高2で病気になり
自宅に帰るのが嫌、学校での人の楽しそうな笑い声にいちいち腹を立てて
高2の終わりにメキシコに短期留学するつもりだったのに完全に遊びほうけてブッチ、高3は学校行かないで遊ぶ

高3の夏には薬漬け(危険ドラッグでも違法薬物でもないよw)になってお風呂にも入れずトイレに行くにもフラフラで副作用で一日5Lの水を飲み廃人生活を送り
携帯代払い忘れて携帯止まったのでauに支払いに行く最中ラリラリ状態で行ったので補導され尿検査受けさせられ(笑)
もう一度言いますけど違法なものも危険な物も一切合切使用したことないですよ(笑)
ただサイレースやロヒプノールを粉末にして鼻から吸ったりとかはしてたけど←


見かねた両親が当時父が一人で単身赴任していたアメリカに戻り考え方がガラリと変わりました

まずね私の治療費、カウンセリング合わせて月50万ですよ
もうね、親に申し訳なくって今までで一番勉強に励みました
人生の半分以上を世界一の半導体産業の土地であるシリコンバレーに住んでいて
幼いころから父の背中を見て育ってきたので(まあ月の1/3は海外で家にいないけどw)父のようになりたいと思い高校卒業間際にベンチャー企業の立ち上げに参加

完全な落ちこぼれだったけど頑張って勉強してGPA4.0で卒業して成績上位10名で卒業することが出来ました。奇跡。
まあ、当時日本で通ってた高校が現代史の授業科目を行っていなかった問題が全国ニュースになって単位不足で危うく卒業出来ないで留年のおそれがありましたが、国際系の高校だったので日本の高校の先生が一生懸命説得してくれて何とか卒業。


2年前に今までで超難関の国家試験で情報システムの開発プロジェクトの責任者であるプロジェクト・マネージメントの資格をとって出来る仕事の幅が劇的に広がったのに病気が出てきて辞めてしまいました。勿体無かった。
3年以上は独学で勉強したのに。ちなみに受験生は40歳ぐらいのおじさんばっか(笑)
試験の1ヶ月前から勉強して応用情報技術者の資格は持っていたので1次は免除。
リーダー経験もマネージャー経験も乏しかったのですがとりあえず論文勝負で受験したら一発合格。評判が大変良い参考書読みまくったぐらいですけど。



一発は奇跡です。一応レベルとしては司法書士や弁理士、税理士と同等レベルの国家資格。私すごいよ~(自画自賛)


ちなみに中小企業診断士の資格は予備校のTACに2年通ったのに経済学・経済政策 、運営管理、経営法務、経営情報システムは1次合格、2度目は合格科目の免除もあり2次まで行きましたが落ちましたww

父は昔ほぼ何の勉強もしないで一発で合格して予備校まで通ってるのに受からないなんて信じられないと言われる始末。3度目の受験日に出張になってしまってから諦めましたよ。いつか受けます。多分。協会からぶっとい便箋いっぱい来るし。

応用情報技術者もオラクルマスター(シルバーだけど独学)も合格したのに、応用情報技術者と中小企業診断士だけは渋谷のTACにも行ったのに落ちる始末。
なんちゃらプラス講座(長くて覚えてないw)行って特別講義(完全別室で講義みるww)もして頑張ったのにね。


タイの現地法人の会社に再就職しようかと考えていたのですがやはりこの体では厳しい
~。


実は17歳の時にサイドビジネスでかなり稼いでいた美容師さんに声をかけてもらい、学生をしながらにベンチャービジネス企業を立ち上げました。
海外のハイスクールやユニバシティにアテンドしていたので仕事は主にネットやカンファレンスはスカイプを屈指していて、大2の時に中退を決意後帰国。
当初はSEO、SEが主でしたが会社が大きくなるにつれ次第にマネージメントにシフト。
二十歳では経験できないようなことをたくさん経験させてくれました。


社長に同席して銀座のクラブで取引相手のおっさんのくだらない自慢話を聞かされホステスさん逆に大変を労う私ww
取引相手に愛人契約持ちかけられたりwww
でも東京コレクションのプレス席(最前列)でショー見たり
ブランドのパーティーに出席したりレアな経験もしたり
接待ほどめんどくさい物はなかったですが若い娘だったのでかならず連れだされましたね


シリコンバレーという土地柄、ほどほどしか勉強はできなくても中学生でActionScriptやC言語が使えるようになっていました。

今、その企業は香港に拠点を移した数千億円企業へと発展しました。
そして、社長からお誘いを先日受けました。


中古だけどベンツのSLクラスを社長が買った時はなんだか成功の第一歩のような気がして嬉しかったな。懐かしい。


こういった中途半端な退職だったので正直迷いはありますが・・考え中ではありますが・・
忙しいですが・・やっぱり生きがいが欲しい。




だからこそ勉強をしよう。


費用対効果が非常に高い、希少性のあるレア資格だが将来性があり、自分のキャリアで持っていても非常に評価されると思われるITILを勉強中。何よりITILのノウハウ、考え方、自分にも顧客の為になる。

かなり昔に受けて、大した勉強もしないで普通に落ちましたよ(笑)
なので今取り組んでみてます。


普通に”Failed”って悲しいね見るとww



いくら資格があっても実績がなければといわれればそうかもしれません。
でも、資格のノウハウがあれば資格がない人とは違うマインドがあって仕事の幅が自然と広がる。5のパターンの考え方があってもノウハウがあれば10やよりによっては100のパターンがある。
そしてリターンがある。収入が上がる。責任感が生まれる。
=人間として成長できる。


今の自分は偉そうなこと言えないんですけどね・・。


以前はがむしゃらに頑張っていた。でも今はぐーたらしてるだらしない何にもしない主婦。体調が悪い。多分相当体調悪い。自覚症状アリ。


年始からだいぶ自虐的ですけど(笑)
今年は昨年とは違う年にしたいです。


父はとは同業ですし3月か4月にグリーンカード(アメリカ永住権)がおりるし、父は毎年欠かさずCESに行っていたのでお正月を自宅で一緒に過ごした記憶がゼロですけど(笑)、私も何度も連れて行ってもらってますが、年末はCESに是非行きたいです。父には同窓会でも私にとっては人脈を広げる大切な機会。行ったことない主人にもね。