さて 旅行のあとに 実家へ帰り 墓参りとかで 一週間ばたばたしていました。

その間に あちらこちらでも 局地的集中豪雨で

山崩れや 水没など 全国的に大変なことになってますよね。

広島市でも 雨が振り 救助・捜索に困難をきたしていたり、

被害に遭われたご家庭の復旧作業なども 大変困難なようで、

本当にお見舞い申し上げます。


さて 隠岐の島の旅 3日目の記述です。

朝一番に 宿から近くの 黒木神社へ 車で一人で向かいましたくるまr



山の道を すこしはいっていったところに 黒木神社はありました木




800年の大樹に 葛を幾重にも巻きつけて 引っ張るような神事があるみたいですが、

いったときは その場の雰囲気が うら寂しい感じがしました。

幾重にも葛が巻かれているところに 

上記の写真のように 竹の棒のようなものが 矢のように何本も刺さっていました。


その場の雰囲気もあってか 怖いような感じさえします。


なので 私は 

「ごめんなさい、 ゆるしてください、ありがとう、あいしてますきらきら」 と何度も唱えているうちに

木霊が 「ギギギ・・」 と何度も 遠くから 聞こ得てきました木

木が 私の言葉に 答えてくれているようでしたチューリップ君

だんだん あたりが 明るくなってきた気がしました。

そして この大樹も 明るくなったような気がします。





先の写真とくらべ 明るくなったような感じがするのですが、
みなさんには どう映るでしょうかジジ



それから 宿をあとに ゆきさん家族と 

水若酢神社に 行きました鳥居

ゆきさんが 水若酢神社を チャネリングしてくれたときに  → 

水若酢神社にまつわる男性が 由良比女神社の女性に関係あると

しかも その女性が 私と関係があると いうことで

2日目に 由良比女神社へ いった経緯があったので

水若酢神社にいくのを まってくれていたので

最後の日に 一緒に参拝しました。


本殿(左奥)と拝殿

(画像をお借りしました)


本殿に参拝して 由良比女神社へ いったことを 報告しました。

そうすると そこの男性が 喜んでいらっしゃって、

しばらくすると 由良比女さんが 鈴をもって 神楽を舞い始め

その男性の手をとって 一緒にまい始め 

楽しそうに 幸せそうに

天に昇っていかれました




しかし まだ ゆきさんは 重たい空気があるといいます。

ゆきさんは 神社のあたりを 回って調べていました。


そのうち 一本の松の木が 「ギギギ・・・」 と言い始めます。

何かを訴えています。

ゆきさんがチャネリングすると

この松の木は 御神木といってもいいような樹齢の木なのに 

祀られていないので 祭って欲しいみたいでした木


なので ゆきさんが 祝詞のようなものをあげて 奉って上げました。



隠岐の島の 樹木たちが 思ったより 疲れている感じが しました。

以前 隠岐の島で おきたことが あとで 

日本全体にシンクロしていたと聞いたことがありました。

ということは いま日本全体の樹木 さらには 

日本全体の土地や 自然が 疲れているんだなと 思います。

あまりにも 近代化され 便利になった分

人々の心が 物質へと傾き

自然を神として 敬うという心が 薄れてきたからでしょうか

人の心が 仕事に疲れ

調和する心を 忘れかけているからでしょうか

そういう粗い波動が 自然にも影響します


あの黒木神社で 樹木からきいたメッセージは


この樹木たちからの メッセージ

「私たちは ほとほと疲れました。

人間が 自然を大切にする心を 思い出さない限り 

こうこれ以上 ここに存在することは むずかしくなります。」 

というような 感じでした木


この旅で 感じたことは 

自然回帰

自然を敬う心 が大切だな ということ

万物に神は 宿る花

このことを もう一度 思い出す必要があるんだと思いますWハート





後日談ですが、

私が 由良比女神社へ 向かうとき

ゆきさんは 京都府美山町のある方に 

由良比女神社の浄化を 遠隔でお願いされていました


次の日 京都府福知山市が 水没したのですが、

由良川 とは 京都府美山を水源とする川で 

京都府福知山市を ながれている川だったんです。あっ

そのことを 知った時には 鳥肌が たちましたあ゛ぁ゛っ


これも すごいシンクロですhime



以上で この隠岐の島の不思議な旅の ご報告おわります

長くなりましたが 

みなさま 最後までお読みくださって ありがとうございましたaya









すべてが いいように なりますように
感謝
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
ペタしてね








今日の朝方未明からの 物凄い豪雨で 広島市内の土砂災害がおきてますねショック!

隠岐の島 第一夜で体験した あの雷と豪雨の夜を思い出します。
かなり激しい雨量だったのでしょうね雨波
被害に遭われた方たち や お亡くなりになった方々のお見舞い お悔やみ申し上げます。
一日も早い 救済と復興を お祈りしますm(__)m


さて 隠岐の島二日めの旅では、翌日は昨夜の激しい雨もなんとか収まり、

朝8時半に出港の 別府港行きのフェリーにのって

西の島へ

そこから 町営バスで 浦郷港ちかくの 由良比女神社へ

バスに乗っている時に

バスの中で 由良比女さんのことを 思うと

涙がとまらなくてとまらなくて

しかも 怒りも感じます

真っ赤な顔をした 鬼とかすような形相です

なんか 口にはできない酷い・・・というのは 生贄的な儀式

そんな感じがします。

そして お花を手向けてほしいみたいです

しかも 白い百合

バスからみると ところどころに テッポウユリが 咲いています。

このお花が すきなんだ

と思いながら、 由良比女神社まえで バスが止まりました



まずは 鳥居をくぐって ご挨拶とおもたんだけど、

お花を持っていないのに きづき、

「花がないの~」 って 大泣きしながら 

花を探しに 山の際にある道へと行きました

しばらく あるいても 先ほどみた 鉄砲百合が 見当たりません。

しかたなく 道端にさいているお花を 摘んでお花を束ねます

なでしこ
シダ
露草
ツワブキ
などなど 

道端にいっぱい 野の花がさいています


そのお花を集めて 束ねていると
なんか楽しくなってきて 
きっと由良比女さんも こうやってお花を摘むのが好きだったんだろうなとおもった。

もっていたペットボトルに 花をいけて
花を手向けました。


ここには イカ寄せ伝説が あって 灯篭や 本殿にイカの彫り物がしてあります。

イカ寄せ伝説とは
その昔 由良比女命が 芋桶にのって 海を渡ろうとした時に
海に浸した由良比女命の手を イカが引っ張った(噛み付いたとも・・)
そのお詫びの印にと 毎年由良の浜に イカが押し寄せるようになったという伝説

お花を集めて 束ねているあいだに 先ほどあんなに悲しくて 涙が出たのに
楽しくなてきて その思いで 本殿にお参りし、 お花を手向けました。

そうすると 嘘みたいに 悲しみは何処かへとんでしまいました。

受け取ったメッセージは

「あなたが 私にしてくれたように お花でたくさんの人を癒してあげてください」 と。

阿修羅の心になろうとしていたのが、 

お花を集めて 楽しくなった私の心を 感じて

そして 手向けたお花の力で 本来の心を取り戻し 

鈴のような澄んだ 優しい声で そう囁かれました。


由良比女神社をあとにして

浦郷港へもどり 観光バスに乗りました。



海は 女性的な穏やかな波です


観光バスの行き先は 


赤尾展望所・・・ 国賀海岸を 一望できるところ




通天橋 ・・・ 大自然が生み出した 巨大な岩の架け橋があります




あと 由良比女神社へ ふたたびよりました

イカ寄せ伝説にちなんで 灯篭や 本殿にイカの彫り物が 9つあります。




浦郷港をあとにして 再び別府港から フェリーで 西郷港へ

その夜 



西郷港で 花火大会がありました

海の上から打ち上げられ

高い建物もなく 人も 大阪などでみるより だんぜん人がすくなく

ちゃんと 花火をみることが できました。

2014081814030000.jpg2014081813430000.jpg

なかなかシャッターチャンスが うまくつかめません

まるで 今日のご褒美のような花火

そして みていると 由良比女さんの鎮魂の花火でもあるかのようでした。

なぜに お盆の時期に ここに来たのか

その意味が わかったような気がしました。




そして 翌日のお話は また次回ということで






すべてが いいように なりますように
感謝
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

隠岐の島の旅 いってきましたよんヨット


ゆきさんのご家族と ご一緒に。

以前から ゆきさんが チャネリングで 

隠岐の島へ行ったほうがいいというメッセージをうけとっていて、

そのときは ふ~ん赤ちゃん という感じで 聞いていたのですが、

「いよいよ 8月に行ったほうがいいみたいと チャネリングで言われました~汗

8月15日あたりから 18日の間にいくのが いいみたいです」

というメールをうけとり、

どーいうわけか 心が ざわざわ 

頭では いやいや という気持ちですが、

体は 隠岐の島行きに ものすごく反応まっくろくろすけ

しかも 15日~17日あたりは 花屋も盆休みで 行けるではないかあっ

なぜなのか その正体をしるべく 

なんか 私も行きたい

という経緯で 8月15日~17日で 行ってきました海



車で 鳥取の七類港までいき、

そこから 高速線にのり 隠岐の島の西郷港へ

そのまえに 立ち寄った 美保神社神社


(画像おかりしてます)


本殿にお参りしているとき ちょうど時を同じくして

神主さんが祝詞を上がられていて、

それが 終わると 巫女さんが 神楽舞を 舞始められました巫女さん

左の方では 笛に太鼓を 奏でる男性2人

そのときに 私は

「ようおいでくださいました」 という女性からのメッセージ

ゆきさんは 男性のメッセージを 受け取っていました。


この神楽舞と 祝詞からのメッセージが この旅の序章でした鳥居






美保神社の横には 江戸時代に 北前船の寄港地で 
松江からの宿場町だった頃に敷かれたというこの道には 
海運業が栄えたこの地方の繁栄の影がしっかりとのこされているという
青石畳通りが ある


そして 隠岐の島西郷港へ海

高速艇が 港へついたのは もう18時30分を回っていたので 
その日は 近くのスーパーで晩御飯を買って お宿へ直行ですくるまb⇒

その晩 ゆきさんと だいたいどこを回るか 目星をつけようとしていました。

その中で 「水若酢神社」神社へも 行こうと話していたら、

なぜか とても悲しい思いが 伝わってきます。

なぜか 泣けてきますううっ...


ゆきさんが チャネリングしてみると

男の人の声で 「お待ちしてましたaya」 と いっていると。

iPadで 水若酢神社のことを みていると 

ふと 由良比女神社が 気になりましたhime

そこで 調べてみると 元は 隠岐の島の一の宮 だったそうです鳥居


ゆきさんが またチャネリングしてみると

水若酢神社の男の人が 

『来るのを 待ってました警官』 と

「どちらかというと cocoさんにきてほしいみたいマリオ」 と。

そして その由良比女神社にまつわる方(以後 由良比女さん)が 
口では言えない位の 酷いことをされたみたいで
そのことを 悲しんでいるみたいでしたあ゛ぁ゛っ

しかし 最初の予定では 西ノ島へ渡る計画は なし。

急遽 船の時間や 西の島へわたってからの 行程を考えてみました。

なんとか 朝 8時のフェリーにのって 別府港へ付き、
そこから 町営バスにのって 由良比女神社へ いけることがわかりました。

で、 翌日に 急遽 私だけ 隠岐の島のとなりにある島  

西の島にある 由良比女神社himeいくことにしました。



その夜に すごい雷雨ですかみなり

ほんとに すごい雷稲妻

バンガローのガラスが ビリビリ響きます。
崖崩れでも おきないか とても心配でした354354
雷と 大雨が未明すぎても 振り続けていましたが、 
いつのまにか寝落ちしていました。


ゆきさんいわく

「cocoさん 美保神社で 『旅の安全をお守りします』 と 
神主さんの祝詞の中にあったので 大丈夫ですよ」と。

この雷雨の夜に 一人船旅の決心をしたのでありましたきゃぁ~



次回へ続くハート







すべてが いいように なりますように
感謝
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆



ペタしてね