大空の上から | COMODOのブログ

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子供たち一人一人が、「世間のためではなく、自分のための人生を歩む」ことを支えるために、「こもど」は、彼らの「自分らしく、自然体でいれる暖かな場所」でありたいと願っています。


行政や民間には、学校以外にもフリースクールなど
様々なものがあります。

また我が家の話になり申し訳ないのですが😓

娘に色んな所へ見学に行ってみないかと誘った事もありました。

でも、学校に気持ちが向かず苦しむ時があるにもかかわらず、
娘は今の小学校「が」良いのだと言うのです。


娘が学校に行けなくなってから、
行けなくなったからこその出会いがあります。

その一つと言っては大変失礼ですが、
娘が通う小学校の校長先生との出会いが
私たち家族にとっての嬉しい出会いとなりました。

校長先生といえば、
「学校で一番偉い方・凄い方」だと、娘は思っていますし、
私自身、小学生の頃には直接お話した経験もなく、
先生としては身近な人とは言えない存在でした。

そんな校長先生と、娘のことを機にお話する機会を頂くことで、
本当に暖かな言葉のプレゼントを頂戴しました。


校長先生が書かれる学校の季刊誌、
『大空から見れば』という題名についてお話しや、
先生の強く、そして暖かい想いを話して下さり、

娘が「学校に居ても、家に居ても、どこに居たって、
私は空の上から見守っていますから、とお伝え下さい!」

と言って下さいました。


娘にその話をした時、なんとも言えない目をしていました

「学校に来なさいね」ではなく・・・
「そこに居てもいいんだよ」
「どこに居ようと、同じ空の下、君はこの小学校の生徒だよ」

今の状況をあの校長先生が肯定して下さったんだよと、
娘に話すと、キラキラした目で嬉しそうに笑いました。


同じ小学校に居る「学校に行けない子たち」にも、
そのお話をしましたが、みんな嬉しそうな目をして、
身体から嬉しい気持ちが伝わってくるのが分かりました。

恐らく不登校の多くの子は24時間ずーっと
いつも罪悪感をどこかで感じてしまっています。

親や先生が責めたりなんかしなくても、
自分で十分過ぎるほど感じているのです。


学校と家のあいだには大きな超えられない壁があります。
それを、校長先生が「どこに居ても大空から見てるから・・・」
「立ち塞がった壁より遥かに高い所から、アナタを見てるよ」
と、言って下さったことが嬉しくてたまらない様子です。


娘は学校で初めて校長先生を一目見た時から、
「話した事はないけど、何だか好き」と言っていましたが、
やはり、校長先生の暖かい包み込むような気持ちを
どこかで直感的に感じ取っていたように思います。

だから、先生のおっしゃったことを話してから、
娘は「この小学校の生徒として、
今の状況に自分でどう対応するのか・・・?
これからどうしたいのか・・・?と、
考えることに決めたらしいのです。


ある日、学校に行ってみようかと車で向かったものの、
やはり校門前で行けなくなり、そばの公園に車を止めました。

娘を見ていると、じーっと長い間空を見つめ・・・
1時間くらい経ったのでしょうか?

「行ってみるけど待ってて」と言い、ドアを開けました。

車内で待つこと数十分足らずで戻ってきましたが、
彼女なりに頑張ったことが、容易に想像できました。


他のお友達と同じように、毎日学校に行けない事に、
きっと小さな心の中は罪悪感で一杯だろうと思います。

罪悪感なんて感じなくてもいいと言ったところで、
まだ10年しか生きていない小さな心は自分を責めるのです。

でも、学校で一番偉いと彼女が思っている校長先生が、
「そこにいても、どこにいても、アナタのままでいいよ」
と言って下さったことが、彼女の心の支えになっている筈。


だから「この小学校で自分と向き合おう!!」

娘が自分の判断でしっかり決めた選択を、
私は応援したいと思います。