COMODOのブログ

COMODOのブログ

子供たち一人一人が、「世間のためではなく、自分のための人生を歩む」ことを支えるために、「こもど」は、彼らの「自分らしく、自然体でいれる暖かな場所」でありたいと願っています。

Amebaでブログを始めよう!

 

書いたことのないブログを少しずつ始めてみたものの、
「こんなので良いのだろうか?😅」という状態。

そもそも、私自身が学校や集団というものが苦手な方で、
一人が好きで、気持ちを人に共有したいというタイプでなく、

何か書くとしても、人に何かを伝えたいというものより、
独り言をぼそぼそと呟くような、

意味不明な文章を書くのが好きでした。

心は・・・想いは溢れるほどありますが、
どうしても上手く言葉にできません😅

でも、せっかく動き出したCOMODOとブログ・・・
学校に気持ちが向かない子どもたちや、
保護者の皆さんの誰か一人でも見て下さり、
励まし合う気持ちになればと思っています。


これからは、私をはじめとしたお母さんたちばかりでなく、
そのような気持ちを持つお父さんたちの思いも、
このブログでお伝えできればいいなと思います😊

こんな一人好きの私でも、
心あたたかなお母さんやお父さんたちと話をすると、
人って支え合って生きているんだなぁ・・・と、
一人では得られない恵みを沢山頂いていると実感します。

主人はいつも、私の支離滅裂な想いをちゃんと聞いてくれ、
一緒に一生懸命考えながら
娘はもちろん、私を愛して支えてくれています。

私だけでなく、沢山の方たちの想いが
COMODOが出来たことによって、
少しでも良い方向へ向かいますように・・・。

 

 

COMODO

 

 

 

学校に行けない子の理由は一人一人違うと思います。
人の持つ個性が一人一人違うように。

だから本当に難しい。
その子の今の様子に合わせて、
その時どきに合わせた微妙な言葉がけや対応をしたり・・・

時によって波があるので、
それに寄り添うように対応を変えたりしなければならず、
親も子も大変な毎日で、時に疲れてしまう事もあります。


それでも、親にぶつかっていけたり、意思を示せる事は、
子どもにとってはとても良い事なのだろうと思うのです。

学校に気持ちが向かなくても、学校に行きたくなくても、
それでも無理をしながら行ってる子どもが居たら・・・
そんな子どもは一体どうなってしまうのでしょう?

果たして・・・逞しく、強い人になるのでしょうか?

いや、きっとそれもまた、それぞれなのでしょうね。


ある、私の親しい子の事ですが・・・
学校でイジメを受けていて、
学校に行きたくなかったのだそうです。

朝になると頭が痛くなり、お腹が痛くなり・・・
それを親に訴えたそうなのですが、
仕事に行かなければならない親に
もの凄く嫌な顔をされたそうなのです。

面倒くさそうに「行きなさい」と言われ・・・学校へ行く。

何度か試みても無理だった。
学校では先生にバレないように繕い、
親には休むことを許されず・・・。
彼女の心と思考は、やがて止まってしまったそうです。

何も覚えられないし、すぐに忘れてしまう・・・。



今、彼女は成人し・・・
教職免許も取得して、しっかりと働いています。

しかし、当時「形」だけ学校に行っていたせいで、
学生時代での全ては「無」に等しく、
記憶もあまりなく、心は壊れた状態だったようです。


その頃、私は彼女にピアノを教えていましたが、
まだ若かった私は結婚もしておらず、
従って子どもも育てた事がなく・・・

レッスンに来る彼女の、どこか暗く寂しげな様子に、
あたたかい時間を与えてあげたいと思うばかりで、
何も気づく事が出来ませんでした。


久しぶりに、最近彼女と会い、
お茶を飲みながら昔話をしている際に、
当時の事を打ち明けてくれた時、

なぜ、あの頃に気付いてあげられなかったのかとの、
自責の念に私は泣いてしまいました・・・。

しかし・・・彼女は優しく
「でも・・・一週間に一度、
先生と過ごせるピアノの時間が、私を癒してくれてました。
唯一、私の居場所のようなところ・・・
あー、あそこに行けるんだ!!って、それだけが救いだった」
と笑顔で言ってくれたのです。


学校へ行かない・・・行けない・・・。
行っても、身体だけで「心の無い形」が行っているという状態。

まだ10数年の年月しか重ねていない、
繊細な、無限可能性を秘めた心をもつ子どもたちが、
孤独にならないように・・・

人とは違っても、自分の人生に自信がもてるように。
学校に行けない時は心を休める時期だと、
自分を大切にするために必要な時間なのだと、
すべての子どもたちと親が思えるように。

そう願いながら・・・祈りながら・・・
今日も過ごしています。

 


行政や民間には、学校以外にもフリースクールなど
様々なものがあります。

また我が家の話になり申し訳ないのですが😓

娘に色んな所へ見学に行ってみないかと誘った事もありました。

でも、学校に気持ちが向かず苦しむ時があるにもかかわらず、
娘は今の小学校「が」良いのだと言うのです。


娘が学校に行けなくなってから、
行けなくなったからこその出会いがあります。

その一つと言っては大変失礼ですが、
娘が通う小学校の校長先生との出会いが
私たち家族にとっての嬉しい出会いとなりました。

校長先生といえば、
「学校で一番偉い方・凄い方」だと、娘は思っていますし、
私自身、小学生の頃には直接お話した経験もなく、
先生としては身近な人とは言えない存在でした。

そんな校長先生と、娘のことを機にお話する機会を頂くことで、
本当に暖かな言葉のプレゼントを頂戴しました。


校長先生が書かれる学校の季刊誌、
『大空から見れば』という題名についてお話しや、
先生の強く、そして暖かい想いを話して下さり、

娘が「学校に居ても、家に居ても、どこに居たって、
私は空の上から見守っていますから、とお伝え下さい!」

と言って下さいました。


娘にその話をした時、なんとも言えない目をしていました

「学校に来なさいね」ではなく・・・
「そこに居てもいいんだよ」
「どこに居ようと、同じ空の下、君はこの小学校の生徒だよ」

今の状況をあの校長先生が肯定して下さったんだよと、
娘に話すと、キラキラした目で嬉しそうに笑いました。


同じ小学校に居る「学校に行けない子たち」にも、
そのお話をしましたが、みんな嬉しそうな目をして、
身体から嬉しい気持ちが伝わってくるのが分かりました。

恐らく不登校の多くの子は24時間ずーっと
いつも罪悪感をどこかで感じてしまっています。

親や先生が責めたりなんかしなくても、
自分で十分過ぎるほど感じているのです。


学校と家のあいだには大きな超えられない壁があります。
それを、校長先生が「どこに居ても大空から見てるから・・・」
「立ち塞がった壁より遥かに高い所から、アナタを見てるよ」
と、言って下さったことが嬉しくてたまらない様子です。


娘は学校で初めて校長先生を一目見た時から、
「話した事はないけど、何だか好き」と言っていましたが、
やはり、校長先生の暖かい包み込むような気持ちを
どこかで直感的に感じ取っていたように思います。

だから、先生のおっしゃったことを話してから、
娘は「この小学校の生徒として、
今の状況に自分でどう対応するのか・・・?
これからどうしたいのか・・・?と、
考えることに決めたらしいのです。


ある日、学校に行ってみようかと車で向かったものの、
やはり校門前で行けなくなり、そばの公園に車を止めました。

娘を見ていると、じーっと長い間空を見つめ・・・
1時間くらい経ったのでしょうか?

「行ってみるけど待ってて」と言い、ドアを開けました。

車内で待つこと数十分足らずで戻ってきましたが、
彼女なりに頑張ったことが、容易に想像できました。


他のお友達と同じように、毎日学校に行けない事に、
きっと小さな心の中は罪悪感で一杯だろうと思います。

罪悪感なんて感じなくてもいいと言ったところで、
まだ10年しか生きていない小さな心は自分を責めるのです。

でも、学校で一番偉いと彼女が思っている校長先生が、
「そこにいても、どこにいても、アナタのままでいいよ」
と言って下さったことが、彼女の心の支えになっている筈。


だから「この小学校で自分と向き合おう!!」

娘が自分の判断でしっかり決めた選択を、
私は応援したいと思います。

 

学校のアレやコレやと、娘の気持ちを聞いていた時、

娘が「そんな事分からない! 

お母さんに私の気持ちなんて分からないよ!」と答えました。


大人気ない私も「○○ちゃんだってお母さんの気持ちなんて分からないでしょう?一緒だよ」なんて返してしまいました😓

でも、100%自分以外のひとの気持ちなんて分かる訳ないのではないかと思います。
自分の気持ちさえ分からない時もあるのに。

悩み、迷う時、答えが欲しくなります・・・近道が。


でも分からない。


だけど・・・答えがないから

人は考えたり、成長したりするんだろう。

そして深い愛が育っていくのかなと思い、

「人」の深さというか、可能性というか・・・

「人」ってホントに素敵だな💕と思ったりしました。

分かったようで、分かっていなかったり・・・

人の中身が変われば、また新たに知って行く。
ずっとずっと深く知って行く。

友人とも「変わらない関係だね♪」なんて言い合い、

何年経っても、すぐそこに居たかのような友は、

同じような価値観を持ちつつ、

お互い似たような方向へと変わっていっているから、

変わってないと感じるのではないかと思ったりします。

娘が、私には分からないような気持ちを持てた事を

(本人は苦しんだりしているので申し訳ないけれど)

羨ましくも思ってしまいます。


そして、分からない何かが、

きっと大きな力とか、愛とか優しさとか・・・

何だか分からないけど、

素敵なものへと、どんどん変わっていくのかなぁと

楽しみにしています。

「今日は学校に行くかも?」と言ったのに、

行く直前で「やっぱり無理!!」と泣かれたりする時は、

そんな事もすっかり忘れて

あたふた😵してしまう余裕のない母ですが。。。😅

 

 

COMODOの入り口のタンポポの綿毛が、

風に乗って同じような方向へ飛んでいくのに・・・

全然違う方向に飛んできた綿毛です😊

 

 

 

初めて「COMODOに来れたら来てみて!」

と声をかけてみました😊

短時間でしたが、、、
部屋の中で飲み物を飲んだり、外を走り回ったりする子・・・。

初めは隠れていたけどお部屋まで入って来たり遊びだす子。

結局最後まで車に隠れてて気付かなかったけど、

最後に顔を出してびっくり😳させてくれた子。

みんな広い空の下、それぞれの場所に居たけど、

笑顔でスタートです。

 

COMODOのお部屋の窓からの景色です。