お散歩していて、よく見かけても、名前の知らない野花って多いんですね。
Googleフォトで検索。
AI の進化の恩恵に預かること多くって、ささやかな好奇心が満たされて嬉しくなる瞬間です。
そして、早くも、今年も猛暑...
なる情報が出ています。
父の呟いていた言葉が思い出されました。
「蛙が深いところにもぐって冬眠している時は、冬の寒さが厳しいけど、浅いところにもぐっている時は暖かい冬なんだよ」
日本では、本州では、かつては夏よりも冬の方が、人間にとって生きるためには、厳しい状況だったのでしょう
それは、田んぼが身近な存在だったから。
そこに住む蛙も、人間と同じ。
そんな目線を感じさせる言葉に思えます。
蛙は、人間のように知恵や科学を持っていないのに、自然の生活の中から生きる方法を悟り、無意識のうちに実践して命を守る。素晴らしい感知力
そんな自然界のあり様を、自然の中で生きているからこそ、育めたのですね。
今の私。文化的生活のおかげで、そんな感知力は育むことが難しくなってきています。
日々、進化を続けているAI。AIは、そんな生命力、感知できるのかしら
?
構成成分の分析は、できると思うけど...
父親の享年(60)を過ぎた頃から、若い頃は分からなかったことが少しずつみえるようになってきていましたた。
父方は、浄土真宗。母方は、禅宗。
父(昭和一桁の生まれ)は、毎朝、目が覚めると、簡単に、神棚に向かって、手を合わせ、軽く祈っていた。
父は農家の五男で本家の仏壇は継がなかったが、自分で仏壇を迎え入れ、我が家には、鎮座していた。
その心の内は...?
仏教の知識(教科書的な知識だけ)のない私。
そんな想いを持つようになったとき、歎異抄を学ぶ場があることを知りました。
親鸞については、学校で習った受験用の知識しかない。
宗教や哲学に関心がないわけではないのだけど、分かりやすい本でどれが良いのかわからない。
図書館で借りるにも、どれも今ひとつ

そんな立ち位置の自分だったから、その講座に参加させていただきました。
参加して、本当に私は無知だった


親鸞の言葉は、具体的に知れば知るほど、頷くことがばかり。
もっと若い頃、知っていたら...


いやいや、歳を重ねてきた今だからこそ、沁みるのかもしれない。
偶然、時間が合い、4/19京都の「みやこめっせ」で催された「歎異抄講座」にも、参加させていただきました。
何10年ぶりかの京都。
会場に来ていらっしゃる年齢層の広さに驚きました。若い人、カップル、親と一緒に小さなお子さん、少なくない。
小さな頃から、こんな教えが身近にある。素敵💓😀
司馬遼太郎の言った「無人島に、一冊持っていくなら『歎異抄』」
この言葉、今どきのリゾート地に持っていくなら...の意味ではないのですね。
「赤紙がきたら持っていく」という意味で、‘気楽に楽しむ本’ではなく、“生の極限で読みたい本”なのです。
私はそんなことも知らなかったのです

司馬遼太郎が親鸞に見たものは、
諸行無常すなわち、明日、命があるかどうかわからない。
普段、自分たちが、あれば幸せと思っているもの、健康、お金、家族、成功。
死が目前にある時、
親鸞のいう“人生の目的=絶対の幸福”とは?
親鸞の教えは、若い時には分からなくても、身近な死、絶望、裏切り、病等、本当に切実な問題に直面、経験した時、急に迫ってくるものなのでしょう。
単なる癒しの本ではないです。
今は、
明るさが強調され、前向きが強調され、「自分らしく」が褒められ、強調される社会。
一方で、
死、孤独、老い、無力は、正面切っては話題にするには、遠慮、配慮が必要。
深く考える人は、面倒な人になっている。
歎異抄といえば、
「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という有名な句があります。
これは、もちろん、単純に「悪人でも救われる」という意味ではなく、
人間は自力で完全には善くなれない、自分の力では救われない、人間存在そのものが深く矛盾を抱かえている、という人間存在の根源的悲劇を語っている、と高校の時の記憶が蘇ります。
今回、歎異抄に出会い、新たに沁みた言葉。
『摂取不捨の利益(せっしゅふしゃのりやく)』
摂取=おさめとる
不捨=捨てず
利益=幸せ
即ち、「しっかりとおさめとられ、絶対に、捨てられない幸せ」「いつまでも変わらない幸せ」
人生は、コレを腑に落とすこと。
京都での、講座の後、関連書籍として、早速、図書館で取り寄せることができた本がありました。
漢字にふりがながふってあり、年齢を問わずに読める内容です。
内容濃く、深く、学校では、決して教わらない答えがある。
生きる意味って何?、何で私はこの世界に生まれてきたの?、何で生きなくちゃいけないの?
私の命とは、私に与えられた時間。
今が楽しければいいという考え方、の現実。
仕事の意味、家族、子どものため、と...後は、自分のため?ただそれだけ?
出版されている本は、「生まれてから高齢になるまでの人生を、どうすればより快適に生きることができるのか?」についての本。そんな本が殆ど。
生きていれば、乗り越えなきゃいけないことはたくさんある。
乗り越えてこそ人生を明るく受けとめられる、自分の中で何かが棚卸しされている余韻がある。
「真の人生の目的を知ったとき、一切の悩みも苦しみも意味を持ち、それに向かって生きるとき、すべての努力は報われる」という言葉は、
「自分の人生に、何かが欠けているのではないか」という虚しさや不安を抱えている人に、生きる力を与えてくれると思います。
誰もが抱くむなしさ、疑問に、
高森顕徹監修、明橋大ニ(精神科医)、伊藤健太郎(哲学者)が、親鸞聖人の言葉を通して答えています。
歎異抄が、
映画も上映され、名著「歎異抄」への関心が高まっている。国の内外を問わずに...
少し、学び始めたばかりの私ですが、
今後、「AIで人間の思考って何?確実にデジタル化が進み、お任せで、人間の存在の意味は?」って問われるようになっていくからこそ、親鸞の教えは、静かに広がっていくと思います。
日本人の思いやりのある心豊かな民族性。
親鸞の教えは、日本人の中に、受け継がれていると思います。
今回もここまで読んでくださりありがとうございます😊
