本の紹介です“クマともりとひと” | マクロビオティック&野口整体&東日本大震災から暮らしを見直して

マクロビオティック&野口整体&東日本大震災から暮らしを見直して

もし、これらに出会っていなかったら…自分の意識がこれほど変わることはない気がします。だからこそ、これらの体験から得た後の暮らしを綴りたいと思います。

2026年に入り、社会が大きく変わる兆しのなかで、
冬らしく肌を刺すような日々の寒さは続いても、‘ 晴天続き’、ありがたいです。
窓際でも、屋外でも、陽射しの暖かさを全身に浴びられることは幸せですおねがい

昨年に起こった米不足問題に対処すべく、米の年間予約を生産地を変えて増やした我が家。
秋田県産のお米といっしょに届けられたお便りには、
自然の影響を受ける生産者の方々の思い、それは、
“健康の次に期待することは、人知の及ばない「おだやかな天候の到来」“ 
を願うお気持ちが書かれ、裏には、昨年を振り返ってみての‘ 熊事故‘ への思いが綴られていました。

数年前までは、村のハンターたちがひと冬、山を駆け巡っても、熊をほとんど仕留めることが出来ず、ツキノワグマ絶滅が近いのではないか…、と囁やかれていた存在だったこと。
振り返ってみると、昔は、クマが獲れないことが数年続くと、ブナの実が豊作になったトタンに、急に捕獲数が上がる、という傾向があったこと。
つまり、繁殖環境の変化によって、急に増えたり、減ったりすることが多いこと。
でも、周期的に熊が増えても、過去には、大勢の猟師による巻き狩りによって、熊は、散弾銃でしとめられ、今のように多くは増えなかったこと。
散弾銃は、20〜30mの至近距離で使われていて、熊は、火薬の匂い、散弾銃の音、人間の姿を恐ろしいと学習していたので、恐ろしい人間にバッタリ出会えば、ビックリしてパニックになり、人間を傷つけた。よって、昔は死んだふりや、鈴やラジオの熊よけも効果があったこと。
ところが、最近はハンターは激減して、散弾銃ではなく遠くから仕留めるライフル銃を使う。
火薬の匂い、音、人間の姿を恐れる学習経験をしておらず、鈴やラジオも役に立たない。
それどころか、人間をパンやおにぎりなどクマの好物を運んでくれる獲物と認識したり、
していること等。
人間が気付かない間に、熊の習性は大変化を遂げている‘ という、困惑した思いでした。


そして、私がしばらく前に手にした本(図書館で借りた合同出版の本)が、手元に欲しくて、調べたら、この小冊子もあり😊、要約されています)、思いがけずシンクロしていて、今回は、そのことについて書いてみたくなりました。




この小冊子、著者は森山まり子さん。(合同出版の本の要旨になっています)


1992年、中学校の理科の教師をしていた森山さん(この名前からして、彼女とクマに運命的なものを感じてしまうニコニコ)に、

一人の生徒が自主勉強で、ツキノワグマが絶滅の危機に瀕していることを伝える新聞記事に作文を添えて提出してきました。

その真剣な思いと、自分が理科の教師なのに、日本の森や動物が大変な危機に陥っていることなど何も知らずにいたことに衝撃を受けたことから始まります。


はじめは、
...保護活動はどこかで誰かがやってくれているのだろう,,,
でも、調べてみると、現実は、違う。

「先生、これはクマだけの問題と違うねん。ぼくらの問題でもあるんや。ぼくら寿命まで、あと70年ぐらい生きなあかんねん。今の自然破壊見てたら、僕ら寿命まで生き残られへんてはっきりわかるねん」
「先生、大人って、ほんまはぼくら子どもに愛情なんかないんと違うかな。自然も資源もみんな、自分たちの代で使い果たして、ぼくらに何も置いとこうとしてくれへんな」

森山さんは大人の一人として、その言葉が本当にこたえ、
森山さんと生徒達の思いは、学校を巻き込み、さらに日本を動かす運動へと成長していきます。

そのときに、気づきます。

何故、日本はこんなにも、豊かになれたのか?
それは、私たちの祖先が、つい最近まで、種々雑多な広葉樹をベースとした自然の森を、手つかずで奥地に残してくれていたから。

大人は、他人事のように楽観視しています。

でも、子ども達にとっては、自分たちの人生の終盤に訪れる危機そのものです。
そのことに、もっと多くの大人が気付けば、日本は立ち直るのではないか?と思います。

木々が生い茂る森を見て、「自然が豊かだなぁ」と多くの人は思います。
でも、多くの場合、それは戦後、人工的に作られた針葉樹の森で、
人が手を入れることがなくなり、放置された森は、足を踏み入れると、密に植えられた樹々は高く成長して、暗く冷たい、そんな森です。

森と人の関係は、戦後がらりと変わりました。
それまで、人々は山を「里山」「奥山」と分けて名づけ、野生動物と棲み分ける生き方をしてきました。
(私は濃尾平野で生まれ育ったため、結婚して鎌倉に住むまで、里山も奥山も知らなかったのですキョロキョロえーショボーン)

その頃と比べると野生動物は激減しています。
それは、戦後、国策として、「奥山」すなわち楢やブナの木の原生林から、檜や杉といった利便性のある樹木を植林して「人工林」を作っていったことが原因。

それまで、野生動物の楽園であった奥山に、林道を整え、ダムを作り、スキー場、キャンプ場、高速道路を作ることで、経済大国として日本は成長してきました。
クマや鹿、猪は昔より数は減っているのに、人里へ出てくるのは、広葉樹の森であった奥山を失い、食べるものも身を隠す場もない人工林になった為です。

一見、緑豊かに見える森には、動物たちの食べるものは殆どないのです。カネになる杉や檜の葉は苦くて食べられないし、餌となる実もならない。
針葉樹は貯水力が乏しい。そのため、土砂崩れ、地滑り、鉄砲水などの災害が起きたりする。
餌のある森がないから、それを求めて奥山から畑のある里山に降りてくる。

仕方なく、人里に出てくる動物たちを人間は、害獣として駆除します。
でも、本来、動物たちは敵ではないのです。金太郎や桃太郎に出てくるように、彼らは人間の友人であった。奥山だった頃はそうだったのです。

今、人間に必要なのは、
野生動物が里におりて来なくても、森で暮らせるように、どんぐりや柿といった動物たちの食料となる木々を植えていくことです。そうやって、動物たちとの棲み分けを復活させていかなければならないのです。


森は海の恋人と言います。
広葉樹の森は、陽光が明るくて柔らかで優しい。
豊かな広葉樹の葉が落ち、下草を、地中の微生物を育み、地下水は栄養豊かで、川から海に流れ、魚がいっぱい漁れる。その中で人間は生かされている。
森林は国の財産なのです。

熊を守ることが、人間の未来を守ることになる。


この本の出来事の起こりは、1992年です。

日本熊森協会(1代目森山まり子、2代目教え子の室谷悠子)からのこの小冊子の初版は、2007年です。

この小冊子の最後に近況報告としても書かれていますが、
自然再生エネルギーの推進という大義名分を掲げて、地価の安い奥山に目をつけ、太陽光パネル、巨大風車群を設置したりして、大規模な森林伐採がされています。
天然林に戻そうという動きは、お金儲けにつながらないため、
脱炭素社会をめざして、規制緩和一色で利権構造が出来上がっている。

昨年の熊事故で、被害に遭われた方々にすれば、命の危険に晒されている住民の方々は、この小冊子の内容をどう思われるのか?

ここに書かれた子ども達のまっすぐな言葉に、その優しさに、読んでいて、胸が熱くなります。
中学生たちが、自分たちで考え、行動し、成長していく姿に感動があります。
このままではいけない!と分かっていても、こうして行動できる人たちは、中々いない。
頑張っている人間を社会はすんなりとは受け入れてくれなくても、無関心な行政とのすれ違いにも凹まない。

森の問題は、都市部に住んでいると感じられにくい。
メディアで報道される情報は、どの立ち位置にいて書かれているのでしょうか?
問題となったクマではないクマが次々と殺されていること、全てのクマを凶暴扱いし、駆除を正当化していることに疑問を持つ人、増えて欲しいです。
昔からハンターとして活動している人は、「クマは隣人です」という認識ですから。
人とクマの境界線を、追い払いなどして作ってきたのですから。

とても優しく、振り仮名付きで書かれていて、子どもから大人まで読めます。
こんな素晴らしい小冊子が、税込¥100円なんて信じられない。

多くの方々に読んでいただきたいです。

今回もここまで読んだくださってありがとうございました😊