下関〜萩・津和野⑦ | 心の貯金箱

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本来の自分であり続けるには? を模索中の日々を綴ります

9月20日、萩に来てから城下町・堀内を観光

江戸時代初期に萩藩祖・毛利輝元が指月山の麓に萩城を築き、城下町を整備したそうです
萩城は本丸、二の丸、三の丸で構成され、外堀の東に城下町が広がりました

萩市文化財施設1日券を買い、そこに今ものこる文化財施設をいくつか見てまわりましたよ
(1施設100円ですが、券は310円で9施設見学できます)


①木戸 孝允(たかよし)旧宅

木戸孝允は、1833年にこの家で生まれ、江戸に出るまでの約20年間を過ごしたそうです


この頃の照明のデザイン結構好きなのよね〜


井戸が軒下にあって便利そう


樹齢300年の松
年を重ねた風格と趣きがあっていい感じ♬

木戸孝允さんが7、8歳の時に書かれた
「今日」
筆づかいに勢いを感じます



②青木 周弼(しゅうすけ)旧宅

幕末当時、青木周弼は日本屈指の蘭学者でした
また、後に青木家を継ぐ実弟・研蔵も長崎で医学を学び、種痘の技術を初めて幕府に持ち帰り、天然痘を予防することに成功しました


家人の部屋は天井に手が届くほど低い、客間は少し天井が高く作ったよう





③旧久保田家住宅

幕末から明治時代にかけて建築された町家です
酒造業で栄えた当時の様子を今に伝えています








④旧湯川家屋敷

前を流れる藍場川の水を屋敷内に引き込み、日本庭園の池や台所、風呂場で利用できるようになっています

台所の水利用場



⑤桂太郎旧宅

明治時代に内閣総理大臣を3回務めた桂太郎の旧宅
建物は明治42年(1909)の建造
ここに住んでいたわけではなく、風呂場などは無い



川を引き込んだ池泉庭園が魅力的



藍場川は江戸中期に6代藩主の毛利宗広が整備した人口の川
市街地の生活用水や船の水運に利用された暮らしの川です

④⑤の旧宅に来る道、藍場川が家前にずっと流れていて、大きな鯉が何匹も泳いでいました
なかなか楽しい散歩道です♬



下関〜萩・津和野⑧へ続く