成人の日。20歳の長男の事を思い返してみる。 | Over 50からの色々チャレンジ

Over 50からの色々チャレンジ

4人息子と元保護犬の詩音と暮らすシングル母。息子達の不登校、乳がん、鬱、摂食障害、二度の離婚等、アップダウン紆余曲折。100年人生折返しの50歳から、もっと面白く過ごすチャレンジ中。

仙台では、今日が成人式。
我が家の長男もです。(式典には出ないみたいだけど)
朝起きてきて、「なんだかんだ言っても楽しみで、あんま寝れなかったわ」って笑ってて。
ちょっとニヤってなってしまいました。

1999年5月初旬。「予定日より2週間過ぎたら入院」と言われた日まであと2日という日に産まれて来た。初産で12時間は妥当な時間なのかどうか分からないけど、大きなトラブルも無く3576gとそこそこ大きく無事に産まれたが、とにかく繊細というか神経質な子だった。
ミルクは最初の1、2回しか飲まなかったから母乳のみ。泣きながら寝つき、泣きながら起きる毎日。おんぶか抱っこしてないと寝ない。寝たと思って、布団に寝かせようと傾けた途端に泣く。車の中で寝た時も、チャイルドシートのホックを外した瞬間に起きて泣く。
繊細な割に?体格はガッチリしてた。なにせ、生まれた時に頭囲より胸囲の方が大きくて、助産師さんが「え?もう一回測り直して!」って言ったくらい。それもあってか、首も産まれてすぐからしっかりしてるし、寝返りは3ヶ月半、1人座りは5ヶ月と早かった。その為、同時期のママ友からは『規格外』と言われ、11ヶ月で歩き出し1歳の時は走り回ってた。

育児サークルや幼稚園では、いつも【お兄ちゃん】的な存在になってて、年上の子までも、何故か頼りにしてくる不思議なところがあった。

そんな【生まれついてのお兄ちゃん】な気質が、後に『不登校』に繋がるとは、思ってもみなかったけど。

10年前、私が乳ガンになった時は「将来、お医者さんになって、お母さんの病気を治す!」と言ったり、抗がん剤で脱毛した事を気遣ってくれたり。かと思えば、学校行かずだったり。
責任感と逃げの二極化したとこがある子でした。 

中学2年から本格化した不登校。闇を抜けるまでの数年間は、本当にキツかった…と、改めて思う。親もそうだけど、本人のもがき苦しみも、かなりだったんだろうな。
今も、我が家の壁には当時を物語る複数の穴があります(笑)いずれ、息子にリフォームしてもらうまでは、そのままにしておきます。

16歳から社会人として頑張ってるから、すでに『成人』という感じだけど、友達といる姿はやはり20歳らしいやんちゃしてる面もある。年不相応な程にしっかりしてたりもするけど。(自称、中身がオッサン)

これから先、まだまだ色んな事がある。悔しい思いもするだろうし、嫌な思いもするだろう。けど、母は「うちの息子は絶対に大丈夫!」と思ってる。ドン底の苦しみを経験してる息子は、人の痛みをわかる人間に育ったし、打たれた強さがある。まだまだ伸びしろが大きい。

友達と一緒に成人式の会場に行ける。それも母には出来なかった事。キミは軽々やってのけたね。羨ましい限りです。
意味なく、母の成人式写真(撮影だけ)を晒しておこう。なんでか、こーゆー写真て、『オバチャン感』がハンパない気がする。私だけかなぁw