11月22日の誕生花はローズマリー。
古くから「海の露」「海の雫」とも呼ばれ、地中海沿岸では冠婚葬祭や儀式で親しまれてきたハーブだ。
その香りには記憶を呼び覚ます力があると信じられ、日常の料理にも香りを添える。
花言葉は「追憶」「貞節」「あなたは私を蘇らせる」「静かな力強さ」「変わらぬ愛」「私を思って」。
この小さな緑の枝は、思い出や大切な人をそっと心に宿らせてくれる。


午後の柔らかな光が差し込む花詩の扉を、そっと押す足音が響いた。
「こんにちは……少し見させてください。」
声の主は、少し年配の男性。肩に落ち着いた色のコートを羽織り、目元には遠くを見つめるような懐かしさが宿っていた。
高瀬はにこりと微笑む。
「もちろんです。よろしければ店内にベンチもありますのでごゆっくりなさってください。」
男性はゆっくりと店内を見渡し、やや躊躇いがちに言った。
「実は……昔のことを思い出して、どうしてもここに来たくて」
「以前に当店にお越しいただいたことが?」
高瀬はゆっくりと記憶を辿る。
「いやいや、こちらのお店は初めてですが、花の香りがね、なんだか懐かしくて」
そう笑った男性の視線の先にはローズマリーの鉢が並んでいた。
「こちらのローズマリー、香りで記憶を呼び覚ますとも言われます。ご存知でしたか?」
「そうか……記憶を」男性の目がわずかに輝く。


「若い頃、妻とよくドライブに出かけたものです。家族で海沿いのコテージに泊まり、そこで食べる料理がとても楽しみで……特に、妻の海鮮料理は格別でね、他所で食べるのとは香りが全然違った。けど何を使ったのか教えてくれなくて」
萌音がそっと枝を揺らすと、ほのかに松葉のような香りが立った。男性は目を閉じ、深く息を吸い込む。
「懐かしい……」
香りと共に、遠い日の記憶が一気に胸に蘇る。潮風の香り、笑い声、温かい食卓……亡き妻の姿も、鮮明に浮かび上がった。
高瀬は静かに言葉を重ねる。
「人を蘇らせるのって……命日とか誕生日じゃなくて、誰かが思い出した“その瞬間”なのかもしれませんね」
男性の胸に熱いものが込み上げた。
「……そうですね。確かに、今こうして思い出すだけで、妻は私の中で生き返るようです」
少しの間、二人は香りの中に沈黙を置いた。
やがて、男性が小さな声で尋ねる。
「このローズマリー、育てるのは難しいでしょうか?」
高瀬は柔らかく笑みを浮かべる。
「比較的育てやすい植物です。日当たりと水はけを気を付ければ、元気に育ちますよ」
男性はうれしそうに頷いた。
「では、一鉢ください」

会計を済ませ、鉢を抱えた男性に萌音が折りたたんだ小さな紙を手渡す。
「ローズマリーが元気に育つ方法を少しだけ書いておきました。よかったら、読んでみてください」
男性はにこりと笑い、鉢を抱きしめるようにして店を出て行った。
風に乗って、かすかにローズマリーの香りが漂う。思い出は目に見えなくても、香りと共に心を照らし、静かに蘇る。


窓の外で落ち葉が舞う通りを見ながら、高瀬は小さく呟いた。
「そっと寄り添う思い出も、いいものだな……」
萌音もそっと頷く。
「追憶って、優しくて温かいものですね……」
ローズマリーの葉は小さく、でも確かに力強い。
誰かの心をそっと蘇らせ、思い出の海を静かに照らすように、店内に香りを残していた。


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ローズマリー
花言葉:「追憶」「貞節」「あなたは私を蘇らせる」「静かな力強さ」「変わらぬ愛」「私を思って」

 

 

思い出や大切な人をそっと感じたいとき、香りと共に寄り添ってくれる花です。