◆4月3日 雨
結局、レポが溜まりに溜まってしまっています
セトリくらいはのんびりアゲていきます。
(たぶん、この記事の下に。)
そして、今年もやってきました4月3日。
今年も雨です。
20年近く、毎年快晴だったこの日。
だけど、ここ3年は嵐や雨が続いてる。
満開の桜に降りしきる雨。
23回目の春。
誰かの哀しみは、その当事者にしかわからない。
もしかしたら、自分自身すらわかっていない。
20年近く経って、とっくに受け容れていたと思っていたコトに、
突然向き合う時期が訪れ、
きちんと受け容れるコトができたりする。
誰にもわからない、わかって欲しくもない。
けれど、やっぱりわかって欲しいとも思う。
面倒くさい、どうしようもない感情を人は、抱えて、
それでも生きていかなければならない。
3年前、ワタシはこんなコトを書いていた。
『明日生きている保障はないって、
この20年間、ずっと思って生きてるから。
原因は何にせよ、明日逝ってもナニも不思議はない。
震災があって、当たり前が当たり前じゃなくなって、
いつも通りってコトに感謝している人は、沢山いると思う。
ワタシもそう。
だけど、毎日は同じように見えて違っていて、
それは震災があろうとなかろうと違っていたハズで、
当たり前なんてなくて、
いつもなんてなくて、
この世の中は無常で、
明日を越せる保障なんて誰にもない。
それはずっと前からそうだったんだよ。』
日々は同じようで、日々は常に新しい。
これからも、ワタシが生きていくコトで、
22歳で逝った兄が生きていた証を、
ココに残していきたい。
それが、ワタシの人生です。
不器用で遠回りでも、それでも、
ワタシはワタシの人生を生きていく。
どうか、今あるその命を、
アナタはアナタの人生を
どうか、どうか、生きてください。

ワタシと兄の物語
↓↓↓
http://www.geocities.jp/longer_than_forever7543/memory/memory.html