周りを見られるように | 大好きだよ 〜摂食障害の娘と私の記録〜

大好きだよ 〜摂食障害の娘と私の記録〜

私、49歳。

娘が摂食障害になりました。
今娘は東京の大学へ。
一人暮らしをしています。

私はいま、自分のためにその記録を残し、
たくさんの方と交流ができたらと思っています。

よろしくお願いします。

朝シャワーから出てきた私が
パンツがない!パンツ持って来るの忘れた!

と騒いでいた時に

娘がもさっと起きてきて
私を見るなり

「○○、ほんと周りの人に恵まれてるわ、恵まれすぎてる」

と言ってきました。

「!?」

何を言いだしたかと思いましたが

ここまで自分の辛さが全てで、
周りのことはなかなか考えられなかったように見えましたが、

昨日は何か、人の優しさに触れたのかもしれませんね。


「そうか、恵まれてるか。
それは○○がイイコだからじゃない?」

と私が言うと

「申し訳ないんだよね、みんながいい人すぎて」

と顔を洗ってました。

「模試もさー、あんなに勉強しなかったのに、まぁそこまでひどくもなかったように思えたし、大嫌いな数学も相性の良い問題に当たってさ」

「それはさー、○○にはちゃんと神様がついているからなんだよ」

娘はパンツを履いてない私を見ながら

「最近、自分でも(神様が守ってくれてると)思う」

私がクリスチャンになってからも、
娘もわけもわからず信仰告白してからも
娘はそんなに神様の話を聞きたがらず
あえて避けてるようでした。

母がおかしなこと言ってる
くらいに思ってたはずです。

そりゃそうでしょ。
私自身もついに洗脳されたか!!と思ってましたからねw

でも今、こうして良い人に囲まれていることに気づいたり、
それなりに模試ができたり

何かに感謝したいと思うようになってきたのかな?

主よ、今の状況に感謝します✝️
私は主を崇めます。



クリニックの先生が最初の診察の時に

「食べ物のことばかり考えることが少なくなるように、
病気はあるけど勉強できるように
受験できるようになることを目標にしましょう」

と言われたことを時々思い出します。

最初は病気を完治させてくれないの?
と思いましたが、

0にするのが一番だけど、
病気を認めてそれでも生活していける身体と心をまず作ろう。

この段階がとても尊いことが
今ならなんとなくわかるのです。


食べたり吐いたりする日があっても
眠りこけても
人に感謝できたり  
友人と食事したり
模試に向かえる日があるということが

完治とは違う… 
何かもっと愛おしい幸せとして
胸が熱くなるのです。

娘はどう思っているのかな。