朝4時から考える2 | 大好きだよ 〜摂食障害の娘と私の記録〜

大好きだよ 〜摂食障害の娘と私の記録〜

私、49歳。

娘が摂食障害になりました。
今娘は東京の大学へ。
一人暮らしをしています。

私はいま、自分のためにその記録を残し、
たくさんの方と交流ができたらと思っています。

よろしくお願いします。


「厄介な病気」「それより大学は?センターは何点とるといいの?」
「医者といってもマトモな奴ばかりじゃない」「バカな医者は腐るほど見ている」
「模試は何判定なの?」等…
病気より受験に興味津々の
地元の精神科へは

私が娘のパニックに困り果てた時に
半ば強引に連れて行きました。

まくしたてるように
持論を喋り倒す先生に対し、
伏し目がちに首を縦にふるだけの娘がいました。

「勉強してたほうがマシだった」

と言われて私も頭を抱えました。

2番目のところは

大学の教授や准教授、元○○大学病院の精神科の権威みたいな先生たちが
何人も交替で入っているような
リッチな雰囲気のクリニックでした。


娘を診てくださってた先生も
准教授で大学の中のクリニックにも入られているのかな?

受験真っ只中の娘に治療という治療は出来ないとおっしゃり、
摂食障害についても、知識はあるものの、
娘との距離感がありました。

「大学へ行ったら紹介状書くから、そちらでもちゃんと治療してくださいね」と何回か娘に言ってたようです。

間違ったことはおっしゃってないのですがね…。

「結局自分の問題なんだね、薬さえもらえればいい」と
娘は開き直っていましたし、

薬によって気持ちの底上げが少しされると、
飲むことも受診することもやめてしまいました。

2度このような経験があったので
次の受診は娘から言ってこないうちは
やめておこうと思いました。

そして、


娘が言ってきたので
調べてたクリニックを紹介し、
娘がサクッと初診のメールをだし
今の先生と出会うことになりました。


もしも

初期のころ
知識と理解のあるようにお見受けする今の先生にかかっていたら、
どうなっていたのかと考えたりもしますが

あの頃の娘の心情と症状では
うまくはいってなかったのかもと思います。

いくつか精神科に赴いて
毛色の違う医師という人を見て

そして親も子も摂食障害を少しだけ理解し、受け入れるようになった今だからこそ

今の先生の言葉が身にしみるし
もしかしたら?と希望が持てたのかもしれません。


タイミングってあるのかも(まわりくどい説明でした)


これから
この先生と、そして今度出会う臨床心理士さんとの出会いで
娘が生き辛さに気づいて
認知の歪みを治して
のちに拒食、過食をも肯定し
自分をも肯定してもらえたらなぁ。



すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。 
ヘブル人への手紙 12:11 JA1955