更新ができない日々が続いていました。


先週肺炎を引き起こし緊急入院した祖父が、6日、亡くなりました。86歳でした。


肺がんも心臓大に肥大し、レントゲンで見る肺は真っ白。「先週末かもしれません。」と医師。知らせを受けて5日かけつけたときときには意識が少しあり、「おじいちゃん、H万だよ。ここたんとこーだよ。来たよ。」という声かけに、まゆをぴくっと動かして答えてくれた祖父・・・冷たくなってしまいました。


6日午前1時「容態急変」の知らせ。寝ているここたんとこーを起こして祖父のもとへ。親戚がみな集い、祖父の寝るベッドを囲んでいました。このときは意識はないものの、呼吸は苦しそうながらも一定のリズムでしており、血圧も安定してきたので山を越えたかのように思われました。


しかしそれから12時間後、祖父は息をひきとりました。「ごはん食べたらおじいちゃんのところに行こうね」と悠長にしていたところ、私達が病室に行く1分前に息をしなくなったとか・・・。たった1分。たった1分。何であのときゆっくりしていたんだろう。もっと早くおじいちゃんのところに行くべきだった・・・後悔してもしきれません。


初孫だからと特にかわいがってもらっていました。でも、親戚が集う場が苦手だった私は、あまり足を運ぶことがありませんでした。大好きなおじいちゃんでした。やさしいおじいちゃんでした。いつもニコニコしていました。もっとおじいちゃんといっぱい話したかった。いろんなことがしたかった。おじいちゃんに何も返せてない。この気持ちはずっと心に残っていくと思います。生きている人に生きている間にかかわることの大切さ。改めて感じました。


悲しむまもなく通夜、葬儀。目を閉じて眠る祖父の棺にお花をたくさん添えて、お別れをしました。涙がとまらなかった。なかなか祖父が亡くなったという事実を飲み込めないでいましたが、火葬して、骨になってしまった姿を目にし、ようやく祖父が死んでしまったと言う現実をつきつけられました。もう祖父には会えないのです。

昨日葬儀がおわると、ここたんが突然話し始めました。「ひいじいじはね、赤ちゃんになったんだよ。赤ちゃんになってくーちゃんのお家に帰ったの。ひいじいじね、手をこうやって前に出して、お花ありがとう。って言ってるよ。ひいじいじね、おなかすいたって。コロッケといちごが食べたいって。」


びっくりしました。でも、もっとびっくりしたのは、その後の精進落としで、コロッケといちごが出てきたこと。ここたんが話したことを伝えると、父は自分のコロッケといちごを祖父の位牌の前にお供えに行きました。亡くなってもどこかでまた新たに生を受ける。そう思えると、少し気持ちが前に向くことができました。それは悲しみにくれる私達を案じて、祖父がここたんの口を借りて伝えたかのように思えました。


それでも、祖母の姿を見ると、心が痛みます。60年ほど連れ添った夫の死。その現実に対面する気持ちは測り知れないものがあります。自分だったら・・・と置き換えたら・・・言葉が出ません。両親と同居する祖母が少しでも元気になればと今週末まで実家にいることにしました。ひ孫の世話で少しは気がまぎれているようですが、それでもふとしたときに泣いている祖母。見ていられません。


後悔のない生き方をしたい。そう強く思いました。