betyaの日記 -5ページ目

betyaの日記

禁止は男性だけでいいねダメだよ。日記は女性だけです。

広宣流布の理想郷を

 

「光城」の章は、68年11月13日、伸一が5年ぶりに奄美に降り立つた場面から描かれている。

 

この5年で、奄美群島は、1総支部から、1本部2総支部へと大発展を遂げていた。

 

しかし、その陰では陰湿な学会員へのいじめもあった。

 

「学会撲滅」を掲げた大規模なデモも行われた。同志は、筆舌に尽くしがたい悔しさを味わっていた。

 

報告を受けた伸一は、最高幹部を派遣して、事態の解決や同志の激励に当たってもらった。また、奄美に向かう幹部に、伝言を託した。

 

「憎み合うことは、決して信仰者の本義ではありません。皆と仲良くすることが大切です」と。

 

そして、その思いを明かした。

 

「みんなの怒りも、悔しさも、悲しみも、私はよくわかっています。しかし、地域の人たちが感情的になっているからといって、同じように感情的になってしまったら、対立の溝は、ますます深まるだけです。

大多数の人たちは、仏法のことも、学会のこともわからずに、一部の有力者の言葉に乗って、学会を攻撃しているにすぎない。本当に創価学会が攪乱され、仏法が破壊されてしまうような時には、徹底して悪を責めて、完膚なきまでに、その誤りを正していかなければならない。しかし、今回の問題は次元が違います。

 

私たちの目的は、自分が幸せになるとともに、すべての人を幸福にすることであり、地域を繁栄させることです。

そのためには、柔和忍辱の衣を着て、大きな境涯で相手を包みながら、粘り強く対話を重ね、友情と信頼の絆を結び、広げていくことが大切になります」

 

伸一の心を知った奄美の友は、争いを避け、村のすべての人たちと仲良くすることを第一とした。

そして、”今こそ大いに語り抜くチャンス”と捉え、対話の大波を起こしていこうと決意したのである。

 

歯を食いしばり、粘り強く、広宣流布へ前進する奄美の同志に朗報が届いた。伸一の2度目の法門である。皆が誠実な対話を広げ、ついにその日を迎えた。

 

68年11月13日午後2時近く、伸一は奄美大島会館に到着した。

 

庭の一隅で記念植樹をすると、すぐに広間に向かった。ここでは、同志との記念撮影が行われた。

 

伸一は参加者に声を掛けた。

「私は、奄美の皆さんが今日まで、どれほど苦労され、どんな思いで戦ってこられたか、よく存じております。

皆さんの純粋にして強盛なる信心は、三障四魔の嵐を、難を呼び起こしました。

そして、その大風に向かって突き進み、見事に難を乗り越え、未来への晴れやかな飛翔を遂げられました。

本当によく頑張ってくださった。

私は、心から賞讃申し上げたい。

もはや、皆さんの大勝利は間違いない。前途には栄光の虹が輝いております」

 

奄美の同志にとって、伸一の言葉は、未来を照らす希望の光となった。

 

記念撮影が終わり、代表メンバーと勤行・唱題した後、伸一はさらに指導を重ねた。

 

「今、苦闘している奄美は、30年後、40年後には、日本の広宣流布の理想郷になります。

皆さんが幸福になり、島中の人が、学会は誇りであるという時代が来ます。いや、絶対に、そうしていっていただきたい」

 

「誰が、なんと言おうが、また、どんなに力があるといっても、仏法に敵うわけがありません。

最後は、信心を貫いた人が必ず勝ちます。何があっても負けずに、異体同心の団結をもって前進してください。

私は、今日の皆さんの姿を思い浮かべては、毎日、お題目を送ってまいります」

 

この日の伸一の指導を胸に、奄美の同志は「日本の広宣流布の理想郷」を目指し、前を向いた。