立川での出会い
80年2月17日、奄美大島地域本部の女子部員86人が、師を求め、東京・立川文化会館を訪れた。
この原点の日が、第30巻「雌伏」の章に書き留められている。
79年2月、九州研修道場で行われた九州記念幹部会に出席した伸一は、創価女子会館で奄美大島地域本部の女子部の勤行会を開催したいとの要請を快諾する。
奄美女子部は、広布拡大の大波を起こして、師のもとに集おうと、対話に走った。
その間、伸一が会長を辞任した。九州研修道場での出会いから3ヵ月もたっていない、4月24日のことだった。
突然の出来事に、衝撃は大きかった。だが、彼女たちは負けなかった。
「こうした時だから、弘教の大勝利をもって、先生に安心していただきましょう!」と、励まし合いながら前進していったのである。
そして、80年2月17日、奄美大島、加計呂麻島、徳之島、沖永良部島から参加した総勢86人の女子部員が、立川文化会館に着いた。
伸一は、玄関ロビーでメンバーを迎えた。
「お父さん、お母さんは元気かな。最も辛い、苦しい思いをしながら、広宣流布の道を開いてこられた奄美の方々のことを、私は決して忘れていません。お帰りになったら、くれぐれもよろしくお伝えてください。
みんなは福運があるんだよ。草創の同志が迫害と戦い、それこそ、命がけで学会の基盤をつくってくださった。その土台の上で、伸び伸びと、楽しく、学会活動に励めるんだもの。お父さん、お母さんの苦労、努力を決して忘れてはいけないよ」
また彼は、車いすで参加したメンバーを励まし、和歌を認めた色紙を代表に手渡し、記念撮影も行った。
さらに、奄美の女子部長らと懇談し、同志の奮闘の様子に耳を傾け、伝言や激励の品を託した。
そして、こう述べた。
「みなさんの住むそれぞれの島や地域は、小さいかもしれない。しかし、そこを広宣流布の模範の地にしていくならば、奄美は世界中の同志の希望の星となります。
それは、皆さんが先頭に立って、世界の広宣流布を牽引していることになる。したがって、わが地域広布は即世界広布なんです。
今いる場所こそ、使命の天地であり、幸福の常寂光土であると定め、仲良く前進していってください。
日蓮大聖人は、『此を去って彼に行くには非ざるなり』と仰せです。皆さんの力で、奄美から21世紀の広布の新風を起こしてください。
奄美、頑張れ!負けるな、奄美!」
「雌伏」の章には、「奄美は、彼の期待通り、日本一の模範の組織となっていく」とつづられている。
この一文は、師が奄美に期待して贈った、永遠の指針である。また事実、奄美は全国模範の広布拡大を遂げている。

