12月刊ためし読み第3弾!『破妖の剣』 | コバルト編集部ブログ

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『破妖の剣6 鬱金の暁闇22』
(前田珠子 イラスト/小島 榊)



 五色の闇に漆黒のそれと虚を全身に漲らせ、世界の皇たる少女がその力を放った瞬間――白焔の妖主白煉は確信した。

 終わった、と。

 それは、世界の王のひとりである自分ですら想像したこともないほどの威力を持つ攻撃であり力であり、そんな力に晒されながら無事に済む命があろうとは、期待すら抱けぬ代物だったからだ。

 終わりだ。

 白煉は思った。

 終わりだ。

 この世界が……人間が存続する未来を……その可能性を勝ち取るために用意した唯一の駒は結局用をなせなかったのだ、と。

 創造主の意志を覆せる存在などなく、その結果として、この戦いの決着があるのだ、と。

 ラエスリールという存在は、創造主の意志から外れたイレギュラーな存在に過ぎず、それは結局、創造主が用意した正当なる女皇を前にして、対抗など到底叶わぬ存在に過ぎなかった……それだけの存在でしかなかったのだ、と。

 疑う余地などなかった。

 白煉は女皇の放った力を肌で感じていた。

 凄まじいなどという言葉で片付けられるものではない。単に命を奪うだけなら、これほどの熱量は必要ないと断じきれるほどの……圧倒的な力の奔流。

 それは、命を奪うために放たれた力ではなかった。

 それは――ラエスリールという存在そのものを抹消するために放たれた力だった。

 燃やし尽くし、焼き尽くし、溶かし尽くし、消し尽くす。

 終わった、とその力の奔流を目にした刹那、だから白煉はそう思ったのだ。

 だから。

 だからこそ。

 その後に起こったことは、その目にしたことは、白煉にとって奇跡でしかなかった。

 そうとしか思えぬ現実が、彼女の目の前に繰り広げられたからである!



     ※



「何だ……」

 呟きには、呆然たる響きが宿っていた。

 信じられない。

 何が起こったかわからない。

「何だ?」

 終わったはずだ。

 そう確信した。

 妖主たる自分が確信したことだ。

 世界の要のひとりである自分が確信したことだ。

 覆ることなどあり得ない!

 現実問題として、女皇と対峙したラエスリールには、先日のような迫力はなかった。

 荒れ狂う原初世界の混沌が渦巻く迫力はなかった。

 それこそが、ラエスリールが女皇に勝ち得る唯一の勝機であったであろうに、再戦を挑む彼女には、白煉は恐ろしさを覚えなかった。

 最早ラエスリールに勝ち目はない。

 その判断を早々に下したのは自分自身だ。

 無論、余裕綽々な態度を崩さぬ深紅の男への不審はあった。だが、この男の立ち位置は常に揺れ動く。

 白煉が生まれて以来、ずっとそうだった。

 男に真実など求めようがないと、確信するには充分すぎる証左を彼女は見せつけられ続けてきた。

 生まれて以来、千を超える年月、彼女は男がくるくると立ち位置を変える瞬間を目撃してきた。何度騙されたことだろう、何度失望させられたことだろう……そうして何度、思いがけない喜びをもたらされたことだろう。

 世界には幾度か、創造主以外の何者かによる干渉を受けた事実がある。

 人間は元より、妖貴の大部分も知らぬことだが、そういうことは確かにあった。

 侵略と呼ぶべきか、侵食と呼ぶべきか――喩えるならカビのようなものが、世界に広がりかけたことがあった。

 それらはあまりにも静かで、大人しめで、だから白煉たちは気づくのが遅れた。

 気づくことが出来たのは、男が大騒ぎを起こした後のことが多かった。

 深紅の魔王が突然荒れ狂い、世界を台無しにしかねない嵐を巻き起こすのだ。

 それは安定を得かけた世界を揺さぶるものだった。

 この世に生を受けて間もない白煉は、激しい怒りを抱いたものだ。

 なぜ、このタイミングで、この時期に、嵐を巻き起こすのか、と。

 そうして、同時に生まれて間もない白煉は、世界における最高権威者であるはずの王蜜の妖主に対する苛立ちも覚えずにはいられなかった。

 柘榴の妖主の暴走を、なぜ上位者であるはずの王蜜の妖主は認めるのか――許すのか。

 白煉にとっては、基本的に王蜜の妖主のやりようが、世界にとって有益なものに感じられた。柘榴の妖主のやり方は彼女にとっては好ましいものではなかった。

 にも関わらず、柘榴の妖主の暴走を、時に王蜜の妖主は黙認した。

 そうとしか思えぬ事態が何度かあった。

 その度に白煉は怒りと疑問を王蜜の妖主に対して抱いたものだが、騒ぎが終息してみれば、両者の行動と判断は正しかったのだと思い知らされる。

 腹立たしいことこの上なかったが、それでも白煉が納得せざるを得ない理由はあった。

 王蜜の妖主の存在――彼の決断。

 五要の中でも特別な存在である王蜜の妖主のそれは、決断を下された当時にはどうかと思われるものであっても、時間の経過とともに正しかったと信じられるものだったからだ。

 その前後の柘榴の妖主の無茶苦茶としか思えない行動をも含め、王蜜の妖主は世界を綺麗に整え続けてきたのだ。

 だから……本気の本音の部分で、白煉は柘榴の妖主の暴走を危惧したことはなかったと言える。

 最後の最後には、彼の暴走を止める存在がある。

 だから、大丈夫だと。

 どこかで安心していた部分があるのは否定できない。

 だが、今。

 今、このとき――。

 王蜜の妖主は、最早存在しない。

 それは紛れもない事実だ。

 その中で。

 柘榴の妖主が勝ち誇ったように笑う。

 実に嬉しげに楽しげに。

 それでいて、少しだけ不快げに。

 深紅の男が、嗤う――その眼差しの先に広がる光景に、白煉は困惑を覚えざるを得ない。

 何だ、何が起こったのか?

 理解できぬ事態を前に、彼女は当たり前の不安を覚えると同時に、理解不能な興奮をもまた覚えていた。

 最早詰まれるばかりと確信したラエスリールを守るように、突如出現した五つの人影。

 その髪は漆黒――だが、その正体は妖貴ではない。

 彼らの瞳のその色が、そのことを物語っている。

 その色彩は、鮮やかで――。

 だが、それを保持できる者は限られているはずで……その約束から外れた存在たちだったからこそ、彼女は動揺したのだ。

 眩いばかりの金、滴るような紅が凝縮したかのような紅の中の紅、淡い色彩から濃いそれまで、命が生み出す緑の色彩を再現し続ける瞳、紫紺にしても白色にしても同じ――。

 最高に鍛え上げられた最高の色彩を双眸にたたえ。

 彼らは、そこに立った。

 その輝きは五要に等しく――しかし五要ではあり得ない。

 疑問の声は迸り、彼女の声は世界に響き渡った。

「何なのだ、これは!」

 傍らに立つ男が答えた。

「あれこそ、我らが現し身さ」

 と。