――昭和アニメにおける美形ライバルの言語様式と『機動戦士ガンダム』への継承可能性

 

 

  【要旨】

 

本稿では、『機動戦士ガンダム』(1979年)に登場するシャア・アズナブルというキャラクターが、それ以前の昭和アニメにおいて確立されてきた「美形ライバル」様式の文脈に位置づけられることを論じる。特に、『侍ジャイアンツ』(1973〜1974年)の美形ライバル・眉月光の台詞構造に注目し、その言語様式がシャアの代名詞的発話と著しい類似を示していることを指摘する。あわせて、同作第36話に登場する大山田拳による「魔球修行」の語りが、ニュータイプ的感応主義の前史と読むことも可能である点に触れつつ、昭和アニメにおけるキャラクター言語と思想の継承性について検討を加える。

 

 

  【Ⅰ. はじめに――シャア・アズナブルという様式】

 

シャア・アズナブル(=キャスバル・レム・ダイクン)は、『機動戦士ガンダム』においてアムロ・レイの宿命的なライバルとして位置づけられる人物であり、仮面・高貴な出自・冷静な知性・抑制された激情・精緻な台詞回しなど、さまざまな記号性を帯びた存在である。

この造形は、スーパーロボットアニメにおける「美形敵幹部」たち――プリンス・シャーキン(『勇者ライディーン』)、プリンス・ハイネル(『ボルテスV』)ら――の系譜に位置づけられてきた。だが同時に、これらの“アニメ的美形様式”には、より古い昭和劇画(スポ根)における美形ライバル像が伏流として存在しており、それはたとえば『巨人の星』の花形満、『侍ジャイアンツ』の眉月光といったキャラクターに明瞭に見出される。

 

 

  【Ⅱ. 「眉月光」という美形ライバルの原型】

 

『侍ジャイアンツ』第35話「大回転魔球最後の日!」に登場する眉月光は、主人公・番場蛮にとっての技巧的・知性的なライバルであり、スポ根作品の文脈においては稀に見る“冷静なるエリート”として描かれている。彼のキャラクターには、次のような特性が見られる。

  • 端正な顔立ちと清潔感ある白いユニフォーム(=仮面の代替記号)
  • 冷静沈着な口調、技術への自負、感情の抑制
  • 「力」ではなく「技」で戦うという美学
  • 敗北時の激情が暗に示される「隠された情熱」

これらは後年のシャア像と重なる記号であり、特に“冷静な知性と抑圧された情念”という構図において、共通性が顕著である。

 

 

  【Ⅲ. 「見せてもらったぞ」と「見せてもらおうか」――発話構造の継承】

 

決定的なのは、眉月光が第35話で口にする次の台詞である。

「見せてもらったぞ 実物の大回転魔球とやらを」

この発話は、構文・語調・観察的立場において、『機動戦士ガンダム』第2話でシャアがアムロのガンダムを初めて目にした際の台詞と強い共鳴を示す。

「見せてもらおうか 連邦軍のモビルスーツの性能とやらを」

ここに共通するのは、①冷静かつ高所からの観察的まなざし、②「とやらを」という若干の侮蔑と好奇心を含んだ文末表現、③主人公の切り札(魔球/モビルスーツ)を前にしての知的反応、という言語様式の連続性である。

つまりシャアの台詞は、単なる作劇上の決め台詞ではなく、昭和アニメにおける「知性派ライバル」の定型的発話様式の継承であり、その先行例として眉月光の構文が明確に位置づけられる。

 

 

  【Ⅳ. 富野由悠季による証言と演出家としての関与】

 

この近似性は偶然ではない可能性がある。というのも、富野由悠季は『侍ジャイアンツ』に演出家・斧谷稔名義で参加しており、第25話・第32話などのコンテを担当している。眉月光が物語上重要な位置を占めるエピソードを直接演出していたという事実は見逃せない。

さらに、近年のインタビュー(※1)において富野は、こう語っている。

「こうして改めて観直してみると、僕の『機動戦士ガンダム』への影響も“なかったとは言えない”と感じました。」

このやや曖昧で控えめな言い回しは、むしろ「参照可能性」を開示する含みを持つ。つまりシャアの構造には、富野自身の演出経験としての眉月光の影が、意識的か否かにかかわらず、宿っている可能性があるのだ。

 

 

  【Ⅴ. 余談としての補遺――「ニュータイプ的修行」としての魔球習得】

 

第35話で眉月光が退場した翌週、第36話「必殺の新魔球誕生」では、番場蛮が魔球の新技を会得するために、山中で謎の修行僧・大山田拳に出会うというエピソードが展開される。

大山田拳が番場に伝授するのは「自然借力法」というもので、筋力や力技ではなく、自然の流れに逆らわず身をゆだねることでボールに変化を与えるという、“力を抜く”修行である。

この思想的枠組みは、物語ジャンルを超えて次のような文化的照応を持つ:

  • 『空手バカ一代』の飛鳥拳(=大山倍達)と自然との一体化的修行
  • 『機動戦士ガンダム』におけるニュータイプの「感応力」や「空間認識能力」

つまり、自然との合一によって開かれる身体の可能性=感応力の獲得という思想は、『侍ジャイアンツ』第36話において既にアニメ的様式として提示されていた。それはアムロの「感じる力」に先行する、“昭和アニメ的修行の前史”とみなすことも可能である。

この点においても、『侍ジャイアンツ』は――眉月光においてシャアを、大山田拳においてニュータイプを――先取り的に体現していたと見ることができる。

 

 

  【Ⅵ. 結論――様式の継承、そして「邪推」の許可】

 

眉月光のキャラクター造形および言語様式は、昭和的「美形ライバル」スタイルの典型であり、それが『機動戦士ガンダム』のシャア・アズナブルにおいて再構築された可能性は高い。

とりわけ「見せてもらったぞ 実物の大回転魔球とやらを」という台詞は、その構文と語感において、シャアの発話と文化的地続きの関係にある。このような相似を「こじつけ」と呼ぶか、「様式的継承」とみなすかは、批評的態度の選択にかかっている。

だが、富野自身の発言、演出歴、発話の一致といった要素を総合すれば、これは**「邪推のかたちをとった正当な批評」**として肯定されるべきだろう。

すなわち、我々は安心して言ってよい。

**「見せてもらおうか、昭和アニメの言語様式とやらを」**と。

 

 

  【参考文献・資料】

 

※1 『昭和カルチャーズ 侍ジャイアンツ DVDブック』講談社、2021年、富野由悠季インタビューより
※2 同上、「スタッフリスト・コンテ参加回」参照

  • 『侍ジャイアンツ』原作:梶原一騎、作画:井上コオ(1971〜1974年、集英社)
  • 『機動戦士ガンダム』サンライズ、1979年
  • 『巨人の星』原作:梶原一騎、作画:川崎のぼる(1966〜1971年)
  • 『空手バカ一代』原作:梶原一騎、画:つのだじろう(1971〜1977年)
  • 『超電磁マシーン ボルテスV』東映/サンライズ、1977年
  • 他、アニメ各話放送データ