こんにちは
胡子(ココ)です😊
週末はらいくみ塾に行ってきたー
2ヶ月連続で行ったのは
久しぶりで
さらに昨日は
私の中でははじめてな
少人数だった
だからとってもみなさんと近くて
けっこう色々と話した
今回、出てきた
「目の前に広がる世界線の話」
自分の願う世界が
目の前に広がるよねって話
でも、こういう事をいうと
ギャンブル依存症家族は
「えっ‼️‼️‼️‼️
スリップされまくりの
裏切られまくりの
傷つけられまくりの
ギャンブルされる毎日を
願ってなんかないですけど!!」
ってなると思うんだけど
(私もそう思ってた😆)
依存症家族でいることって
現象のひとつにしか過ぎなくて
「こんな私は大事にされない」
「雑にあつかっていい」
「もっともっと傷つけて!!」
ってことが
形を変えて目の前で
繰り返されて
広がってるだけなんだよね
ちょうど、この前
旦那と
ギャンブル依存症どっぷりの頃の
話をしてて
その頃のことを振り返ってみると
その同時期の数年間は
ほんと当時はよく捕まってた
本当に!!よく捕まってて
あっ、車ね😆
事あるごとに
一旦停止やスピード
ケータイや
高速の走行車線を長く走ってたからとか
※大前提、違反してるのが悪いけど
でも、まぁほんとに
事あるごとに
切符きられて
青色の紙をもってくるから
ギャンブルの借金と同じ対応してた
また!!ほんと、なんで?
気をつけろって!!
だからこれも同じ
隠すようになる
罰金もこっそり
ギャンブルの借金にプラスして
支払ったり
嘘ついてきたり
免停になり
免許返してもらうのに
私が免許センターまでおくって
またまたお金しはらって
講習にいって
そんなんの繰り返し
そのうち
「俺はなにしても捕まんのよ」
って捕まること前提の
世界線で
当時、旦那は生きてたんだけど
今、振り返ってみると
「どうせ俺はなにをしてもダメなやつ」
「もっともっと罰してください!」
責めに責め続けてきた
その感情が
ギャンブル依存だけにとどまらず
さらに社会的にも
罰するという形で
何度もくらってたんだねって
そういう話をした
私が講座に通い
私の偏った考え方
私の望む世界線に
私が旦那がギャンブルをして
借金するものとして目の前に
広がる世界をみてるんだって
旦那、私のどっちかだけってなくて
自然にどっちも
その感覚で生きてる
別に私は旦那に何かしたわけじゃない
そう、
そういうこと😊