国民の大多数が、東日本大震災の復旧・復興が遅いと思っていると思う。
政治家は遅いとは思ってない。 いや思いたくない。
だから、「被害が甚大だから」「多くの都道県にまたがってるから」「原発事故が同時に起きたから」……などと言い訳を並べている。
衆参あわせて700名以上の議員がいるのだから、適切に役割分担してやればできるはずだ。
阪神・淡路大震災発生時の内閣総理大臣は、日本社会党の村山富市氏だった。 この時は自社さ連立政権だった。
元村山首相の偉かったところは、現在の菅首相と違って、何でも自分でやろうとはせず、最初から周りの人に協力をお願いしたところだ。 そもそも連立政権で、自民党に持ち上げられて首相になった立場をわきまえていたとも言える。
菅首相はじめ菅政権は、政権交代で与党になってからの経験が少なく、政権運営に未熟な上に、東日本大震災の復旧・復興と福島第一原発事故とが重なってしまったために、何をどうする事が最適なのか考え、行動する事が出来なかったのだと思う。 更に、手柄を独り占めしたい菅首相の身勝手さが加わっている。
そこに付け込んだのが自民党である。 衆参のねじれを利用して、菅政権のやること全てに文句をつけてきた。 そして復旧・復興が遅れており、菅政権には任せておけないとの大義で内閣不信任決議案を提出し、政権奪回をもくろんだ。 結果はご存知の通り、茶番に終わり否決された。
● 菅政権が経験不足で、知恵がなかった。
● 自民党が国民を無視し、政権奪回ばかり考えていた。
これが、東日本大震災の復旧・復興と、福島第一原発事故対応の遅れの大きな要因だと思う。
では、阪神・淡路大震災のときはどのくらいスピード感があったのか?
それは『阪神・淡路大震災復興誌 』として纏められています。
特筆すべきは1月17日に震災が発生して、わずか1ヵ月後の2月24日には「阪神・淡路大震災復興の基本方針及び組織に関する法律」を公布し、即日施行している点である。
今回の東日本大震災では、約3ヶ月目である本日(6月10日)に、復興基本法案が衆議院で可決したに過ぎない。 成立は早くて17日だ。 しかも、中身は「復興庁の設置」「復興特区の新設」「復興財源として復興再生債の発行」という大枠が決まるだけで、具体的な施策はまだまだこれからである。
1995年1月17日 05:46 阪神・淡路大震災発生
1995年1月17日 05:55 大阪管区気象台が関係行政機関等に地震情報を送付
1995年1月17日 06:00過ぎ 警察庁、および防衛庁が各部隊に出動要請
1995年1月17日 06:04 気象庁本庁がに国土庁等関係省庁等へ地震情報を一斉送付
1995年1月17日 06:08 国土庁は地震情報を大臣秘書官及び国土庁災害対策要員に連絡し、非常参集
1995年1月17日 06:50 国土庁は警察庁、消防庁に対する被害情報収集を開始
1995年1月17日 07:00 国土庁と総理大臣秘書官との間で情報連絡を開始
1995年1月17日 07:00過ぎ 防衛庁が航空偵察を開始
1995年1月17日 07:30 非常災害対策本部の設置手続を開始
1995年1月17日 08:00過ぎ 大阪府警、兵庫県警などが状況把握開始、消防庁が災害対策連絡室を設置
1995年1月17日 08:21 災害対策関係省庁連絡会議の開催を各省庁に通知
1995年1月17日 09:00過ぎ 消防庁が災害対策本部を設置
1995年1月17日 10:00 兵庫県知事が「各都道府県の協力に関する窓口」を設置
1995年1月17日 10:00過ぎ 国土庁長官を本部長とする「非常災害対策本部」を閣議決定により設置
1995年1月17日 11:30 第1回非常災害対策本部会議開催、6項目の早期応急復旧対策を決定
1995年1月17日 午後から18日にかけて政府調査団を現地に派遣し、被害状況を詳細に把握
1995年1月18日 第2回非常災害対策本部会議開催、17項目の対策を決定
1995年1月18日 応急仮設住宅の建設を決定
※ 建設用地は、国土庁から各省庁に協力を仰ぎ、各省庁等から合計243箇所、約321haを確保
※ 既存の公営住宅、公団住宅等の空家を活用した受入れとして、約2万7,300戸を確保
1995年1月19日 「緊急対策本部」(本部長:総理大臣、本部員:全ての閣僚)が閣議決定により設置
1995年1月20日 「兵庫県南部地震に係る激甚災害指定及び中小企業者等に対する災害融資等に関する特別措置について」を閣議決定
1995年1月20日 「対策担当大臣」(国務大臣)を任命し、かつ「非常災害対策本部長」に任命
1995年1月21日 非常災害対策本部「現地対策本部」(本部長:国土政務次官)の被災地への設置を閣議決定
1995年1月22日 兵庫県公館内に「現地対策本部事務所」を開設
※ 「現地対策本部事務所」には14省庁の職員が常駐、17省庁の幹部が必要に応じ駐在
1995年1月25日 「阪神・淡路大震災についての激甚災害の指定及びこれに対し適用すべき措置の指定に関する政令」発令
1995年2月6日 特別地方交付税の繰上交付を実施
1995年2月15日 阪神・淡路復興委員会を設置
1995年2月16日 第1回阪神・淡路復興委員会会合を開催
※ 緊急の特定課題として、「復興10カ年計画の策定」、「住宅の復興」、「がれき等の処理」の3つを選定
1995年2月24日 第2回阪神・淡路復興委員会会合を開催
※ 特定課題に「経済復興と雇用確保」、「神戸港の早期復興」、「まちづくりの当面の方策」の3つを追加
1995年2月24日 「阪神・淡路大震災復興の基本方針及び組織に関する法律」を公布、即日施行
※ 上法律に従い、「阪神・淡路復興対策本部」及び「阪神・淡路復興委員会」を設置
※ 阪神・淡路復興委員会は必要に応じて被災地にて開催
1995年3月1日 「阪神・淡路大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律」を制定
1995年4月10日 普通地方交付税の繰上交付を実施
1995年4月28日 「阪神・淡路地域の復旧・復興に向けての考え方と当面講ずべき施策」を決定
※ 第1次補正予算の編成等に向け、16項目にわたる復旧・復興の施策を決定
1995年7月28日 「阪神・淡路地域の復興に向けての取組方針」を決定
※ 被災地方公共団体による復興計画が策定され、この計画実現を政府が最大限支援する事を基本とした、政府の取り組むべき課題及び諸施策の明確化
1995年8月10日 応急仮設住宅4万8,300戸すべてが完成