こんにちは。
今年ももうすぐで終わりになりますね。
去年の今ごろですね。
私は入院していました。
ちょっと首をやっちゃって、
首の神経がキュット絞まって首から下が一時動かせなくなっていたのです。
それはマリオネット。
そこから回復したわけですが、
まだ指先が冷えに触れると電気が走ったような痛みという後遺症が残っています。
と今日はそういう話ではなく、
ちょっとした開運の話です。
日常には色々な音があります。
そのなかで家の中での音に注目してみてください。
テレビの音
トイレの音
調理の音
洗濯機の音
あなたが家にいて音が鳴っていない時間はどのくらいあるのでしょう。
あなたが寝ているときだけでしょうか?
例えばですよ、
あなたが家の中にいるときに必要な音以外での音をどのくらい出しているのかなんです。
洗濯機の音は必要な音です。
調理の音も同じ。
では、テレビの音はどうか。
必要な音ではないですよね。
スマホで動画を見る音もSNSを打ち込む音も必要な音ではない。
ホテルのフロントの近くにあるソファに少しの時間でもいいから座ってみてください。
するといかに音がないか気づくことができます。
聞こえてくるのは会話の音ぐらいのもの。
足音もなるべく鳴らないように絨毯を敷いていたりしています。
そのくらい音に注意をしているということです。
旅館も同じで玄関に立つといかに音がないか。
旅館のスタッフも足音をなるべく立てないように摺り足で歩いているからです。
音がないって豊かさです。
山奥に旅館やホテルがあるのは
無音=豊かさ
だからなのです。
(無音であり、自然音)
人が生活・仕事をする場所って音がある場所です。
それも人工音が普通の場所です。
特に機械音が入り交じって雑音がひどい。
私たちはその中で一日の大半を過ごしているのです。
それはストレスです。
なので、人は無音(自然音)を求めて
山を登り、海へ行き、避暑地を求めるのです。
あなたの家も同じです。
洗濯機・調理・トイレなどの必要な音は仕方がありません。
でも、
必要でない音はなるべく無音にしてほうがいいのです。
クラシック音楽は聞きますか?
クラシック音楽は宮廷などで流すために生まれた音楽です。
位の高い人が集まり無音の中でクラシック音楽を聞く。
クラシック音楽は人が音が出る人工のものを使って奏でる自然音。
先住民の使う楽器は木を削り溝を彫ったものを木の枝で擦って鳴らしたり、
たった1本の糸を木の両側に弓のように付けて紐を弾いて音を出す
といった自然のものを使った自然音を奏でていました。
確かに自然音なんだけど、あまり美しくはない。
それが美しさを求めて、宮廷で流す音が自然音とは比較にならないくらい美しい音を流すまでになったわけです。
それは自然の中で鳥のさえずり・川の流れる音・木々が揺れる音などと同じなのです。
先ほど、無音のほうがいいと言いましたが、
正直生活のなかで無音にしても外での騒音が聞こえるだけですよね。
クラシック音楽は生活の中での鳥のさえずり・川の流れ・木々の揺れる音の代わりになります。
無音はときには怖さを引き出します。
ホラー映画は人を驚かせる前に無音で人の注意を惹きます。
それも長い無音時間。
映像はスローになります。
スロー映像が無音の時間をより長く感じさせます。
そこから大きな音を出す。
観ている観客は一気にスピードが上がった感覚に陥ります。
その感覚に合わせるために心臓の鼓動を速く、
神経を流れる電流も速くなります。
身体全体は速くなっても意識はついていけません。
なので固まるのです。
音の落差で恐怖を煽(あお)る・出すのです。
ホラー映画が私を含めて苦手な人は無音になったら目を閉じ、耳をふさぐといいでしょう。
ホラー映画に失礼ですけど。
ジェットコースターも無音の空から一揆に地上へ落下させて恐怖を煽ります。
最初ゴトゴトと音を鳴らしながら空に向かいます。
そのときも恐怖はありますが、まだ安心感が勝っています。
てっぺんに着いたとき、
無音になります。
その瞬間、なんともいえない気持ちになります。
幸悦みたいな。
次の瞬間、落下します。
聞こえるのは風の音。
幸悦から恐怖につき落とされるのです。
風の音が恐怖を煽るのです。
無音にも「豊かさの表」と「恐怖の裏」があるということです。
無音には品があります。
椅子を引くときギギーと音がするのと
無音のときとどちらが品がありますか?
もちろん無音ですよね。
屋敷のテーブルの下には大抵絨毯が敷かれています。
そうすることで椅子を引いたときに無音になるのです。
無音には優しさも表れます。
モノを重ねるときに音がなると「この人雑だな」と思いますよね。
モノを重ねるときの音ってちょっとした音です。
それでも「雑だな」と思われるのです。
モノを重ねるときの音って優しく重ねるときと、
ただ重ねるときと全然違った音がします。
ただ重ねたときの音は
大きく周囲に広がります。
銅鑼みたいに。
優しく重ねたときの音は
小さく短い。
音がなったシンバルを手で止めるみたいに。
この違いは意識の置き所の違いです。
皿を置くことに意識を置かないで、
次の行動に意識を置いている人は皿を置くことがただの通過点にしかなりません。
なので重ねかたなんでどうでもいい。
重ねかたが雑になり、大きな音を立ててしまいます。
重ねることに意識を置いている人は、優しく重ねますから小さな音しかなりません。
これってパートナーとの関係にもつながります。
ある芸能人カップルは旅行のときに空港で彼女が不注意でぶつかったことに対して記者の人たちをにらみました。
結局その後に離婚しました。
彼女がぶつかったことに対して意識を彼女のことではく、常に他のことに意識を置く人だったということです。
あなたはどこに意識を置いていますか?
意識をどこに置くかで「音」が与える影響が変わります。
それがあなたの開運の道を決めるのです。