ロンドン発 しあわせの見つけ方
思い込みが外れるって
それまで頑なに
一つの方向からしか
見えてなかったことが
あれ?ってなると言うか

カチカチに固まってた砂糖の塊が
サラサラに溶ける感じと言うか
意味を失っていく
そんな風にも言えるかもだし
じっさいには
そんなにわかりやすくないことも
あるかもだけど

自分比で見てみると
思い込みが外れれば外れるほど
ラクになって来るはず
でね
ストーリーが細部に渡って
カンペキに仕上げられてるものほど
ここにヒビを入れるのは難しいと言うかw
だからこそ
そのひとにとっての
アタリマエのセカイほど
気づきにくい 見えにくい
抵抗が大きい
そんな風にも言えるかもで
それもまた愛おしいゴカイと言うか

たとえば社会の流れで言ったら
むかしのツッパリ君たちは
ちょうラン ボンタン リーゼント?
見た目からわかりやすかった
時代は流れ
昭和の後半? 平成初期?
一見すると優等生たちが
陰でワルイコトをするとか
ある角度から観ると陰湿になったと言うか
いっぽうで
そうならざるを得なかった社会構造と言うのも
もしかしたらあるのかもだし
そうなるべくしてなって行ったと言うか
他にもいろいろ書きたいことはあるんだけど
長くなっちゃうから
総じて言えるのは
自分をありのままに出しにくい社会だった
そんな風にも言えるのかもだし
それもどんどん変わって来てると言うか

昭和の時代には
表に出すことすらはばかられたようなコトが
社会的にオープンに出せるようになって来た
誰も気にしなくなって来た
そんな側面もあるかもだし
これもどこをどう見るかだけ
そんな風にも言えちゃうんだけど
オソレを見続けようと思えば
それが無意識だったとしても
いくらでも見続けることはできるし
自分の思い込みをどんどん外して
なーーんだ 大丈夫だったじゃん?のセカイに
行き(生き)たければ
それもアリ
そんな風にも言えちゃう

ゆるめる
手放す
自分とつながる
焦らずいっぽいっぽ

なぜだか資質の話が続きます

資質と言う観点からすると
全部忘れて手放しても大丈夫
なぜならそれは
後づけでつけられたものではなく
元々そうであるものだから
むしろ
自分と言うものを
後づけで思いこんで来た自分と言うものを
無理に使おうとしなくなればなるほど
本来のカタチに戻りやすい
そんな言い方もできるかも

これもコトバで伝えるのが難しいんだけど
一周回って元に戻ると言うか
洗車機でじゃぶじゃぶって
自動洗浄されたら
あら不思議
傷やら錆だと思ってたのは
ただの汚れだった?
そんな風にも言えるかもだし
その昔
エゴを手放すだったかな
そんなコトバに出会ったとき
エゴってなんだ?
エゴを手放すってなんだ?ってなって
そこでさらに出会ったのが
がんばらない
がまんしない
一生懸命やらないってこと
そんなコトバに出会って
そこから色々探求もして来たけど
色んな受け取り方もできるかもだけど
基本的には合ってると言うか
そんな言葉を思い出したよ
そして
がんばらない
がまんしない
一生懸命やらないって
怠惰になるってことじゃなくて
力を抜いて
本領発揮と言うか
ただただ自分で在ると言うか
そこに力みはいらなかったんだって
段々とわかって来ると言うか
そんな言い方もできるかも

ゆるめる
手放す
自分とつながる
焦らずいっぽいっぽ
生まれたときにはすでに持っている
ひとの資質ってね
ひとによっては
使命とか
魂のブループリントとか
そんな言い方をする人もいるかもだけど

それがワルイわけじゃないんだけど
私が思うソレって
普通の高校生がある日突然謎の使者から
じつは君は地球を守る使命を持って
生まれて来たんだ
みたいなドラマティックな展開から
昼は普通の高校生
でもその実態は。。。みたいな
そんな展開じゃなくて

たとえば
クッキーの型に
☆型もあれば□も〇も△も♡も
色々あるとして
そこには優劣もなく
ただチガイがあるだけ

それを例えば社会で
〇になるのがいいですよ~って言う
推奨 風潮
流れ 社会圧のようなものが
あったとしたら
みんな一旦〇を目指すんだけど
そこから
あ、ちがったわって
自分のカタチに
戻って行くと言うかw

たとえば太った猫が
ネコドアにお尻が引っ掛かって
出れない
先に進めないとして
ネコって本来は頭が通れば
どこでも通り抜けられるらしい
んだけど
その猫がニンゲンだったとしたら
ドアが小さすぎるとか
作り方がどーのこーのとか
自分がダイエットしてないからだとか
それにはあんなこんな理由があって
etc.etc.etc.....
脳内がノイズで溢れてしまうときも
あるかもだけど
単純に
ドアと体のサイズが合ってない
って言うだけ
と言うか

太ってるのがワルイもなく
本来の自分の型でないだけと言うか
で、太っちゃダメって言う
単純な体形の話ともチガウ
だからまずは
そこを無理やり通り抜けようとしても無理
と言うか
あーー痩せたら(本来の自分に戻ったら)
どこでも抜けられるとか
幸せに生きられるとか
たらればでトオイメをして
生きるんじゃなくて

たとえばネコドアの先に
チュールが待ってるのなら
自分は太ってるんだな~って自覚をもって
↑反省とか後悔ともチガウ
別ルート探してチュールを手に入れる
自分を満たしてあげると言うか
言い方を変えると
別に使命に目覚める必要も
魂のブループリントを知る必要も
ないかもだけど
自分が自分で在ると言うか

それは誰のせいでも
自分のせいでもなく
ただ、今そうなってると言うか
それをそのまま受け容れると言うか
ココ難しいからもう一回言うと
受け容れると
反省とか後悔とか正当化とかは別

ここほんと無意識で
受け容れるのが怖すぎて
ぎゅいんって曲げちゃうひと(とき)
すごく多いと思う
まぁそれすらただ起きていて
あ、そのパターンあるかもって
もし気づけたら
それを無理やり変える必要もなく
それだけで大成功なんだけどねw

らぶゆ