ロンドン発 しあわせの見つけ方

ロンドン発 しあわせの見つけ方

自分を好きになると、周りの人たちをもっと好きになれます。物事のとらえ方が変わると、人生が変わります。幸せ体質になれば、今よりもっと幸せに生きられます。コーチングで、周りに振り回されず自由に生きたいあなたの人生を応援します。

なんかヘンってなるのは

そうじゃないナニカをすでに知っているから

 

 

子供の頃に

意味も分からずに抱いていたギモンは

そうではないナニカを

知っていたから

 

ソレを知っていたのは

もちろん自我さんではない

だって生まれてたった数年だもの

 

でもやっぱり

自分の意識の及ばないところで

探し物をしちゃうと言うか

そんな感じなのかもな~と

ふと思いました

 

 

それはまるで

形状記憶合金の様と言うか

考えて 意図して

何かをすると決めるとか決めないとか

そういう次元の話ではなく

 

とてもお茶目な秘密の巻物のように

それぞれの人生の中で紐解かれていくと言うか

それを生きているうちに気づく人もいれば

人生を終えた後になるほど~ってなるひともいる

 

どっちがイイワルイではなくて

お楽しみは後に残したいタイプとか

色々いるのと同じように

そういう意味では

みんな平等と言うか

平等と言う表現すら上から目線に感じるくらい

まんまだった

そんな言い方もできるかな

 

 

 

今日は1本ストックがあったんだけど

なんかこっちだなってなったので

急遽差し替え

後でもう一本出すかも

 

 

たとえばね

ずっと運動から遠ざかっていた人が

身体を動かし始めたとき

筋肉痛ってなると思うんだけど

それって

もう運動しちゃダメだよの痛みじゃなくて

通過儀礼と言うか

そこで痛いからやめるのか

まぁそーゆーもんだと思って続けるのか

 

 

ダイエットしてた時

1日2日でついたお肉じゃないんだから

そんなに簡単には落ちない

そんなコトバに

たしかにーーー♪って

妙に納得したのだけど

 

たとえば筋肉痛の出方も

若いときはすぐに出たけど

何日も空いてから

運動した事すら忘れたころに

え?なんで痛いの?みたいな出方をするときも

あるかもだし

 

ほんとひとそれぞれの状況によって

すぐ回復 改善するひと(とき)も

いれ(あれ)ば

長くかかるひと(とき)も

いる(ある)だけ

そこに優劣も正誤もない

 

 

でね。

痛みの元が何であれ

好転反応だからって

無理しすぎたら

シンプルに筋肉痛めちゃうかもだし

 

 

波動が挙がってくると

不要なエネルギーが挙がってくると言うか

今まで抑圧していたものが

浮上してくると言うか

好転反応 デトックスが起こると言うか

それはそれぞれのセカイ ストーリーの中で

起こってくるのだけど

このメカニズムは同じというかw

 

 

浮上して来たもの=イヤなものってなってるのは

運動して

もっと健康になりたいのに

筋肉痛=アクみたいになってるのと同じとも言えるかもで

 

つまり

波動を上げたいのに

今までのやり方に留まろうとしている

そんな観方もできるかも

 

 

で、

すべてはプロセスの一部と言うか

 

私も改めてさいきん

そーゆーことか!?みたいな気づきもあったりで

ほんと毎回思うんだけど

1年前には絶対に気づけなかった

そして

その視点を持っていないひとに話しても

リカイされないし

 

そー言えば

そんなこと言ってた人いたな♪みたいな

自分自身も

自身が体験することで

初めてコタエ合わせが出来てくる

 

 

 

それぞれの旅路の美しさ

そんなコトバが浮かんで来ました

 

 

どう伝えたら伝わるんだろう 

そんなエゴのちっぽけな望みのその先に

そのコタエはあると言うか

 

やっぱりぜんぶカンペキだったじゃん♪って

このカンペキって言うのが

私たちが教えてもらい信じて来て

イメージして来たカンペキとは

ちとチガウと言うか

 

だから

ひとからひとへは伝わらないと言うか

 

 

それはどちらかに能力がないわけでも

なんでもなくて

ただのメカニズムと言うか

 

それは

とてもきれいなシャボン玉を

目の前に見ていて

それをそのまま

寸分たがわず伝え届ける術がない

と言うか

 

ソレは

その瞬間にしか存在しないとも言える

 

 

だから

みんなのところで起こっていることも

ただそのままの事が起きていると言うか

 

それをどこかに運ぼうとした時点で

ズレが生じる

レプリカになってしまうとも言えるのかも