ロンドン発 しあわせの見つけ方

ロンドン発 しあわせの見つけ方

自分を好きになると、周りの人たちをもっと好きになれます。物事のとらえ方が変わると、人生が変わります。幸せ体質になれば、今よりもっと幸せに生きられます。コーチングで、周りに振り回されず自由に生きたいあなたの人生を応援します。

今日ふと浮かんだコトバは

比較対象がなくなって行く

でした

 

 

これもひとによっては

まぁまぁ気になるコトバかもで

 

私たちは

ナニカ比較対象があるからこそ

ジブンの立ち位置がわかると言うか

自我さん的には

それによって安心して来た

カコ ケイケン キオクがあるので

いきなり比較対象をなくすと言っても

砂漠のど真ん中に

ひとりぼっちで置き去りにされたような

とても心もとないような

そんな新たな不安感が

生じてしまったりすることも

あるかも知れません

 

 

でね。

これって

たとえばシフトして行くと

こんな風になりますよ~

って言うのがあったとして

ここでもたまに書くかもだけど

 

場合によっては

ジブンはそこに当てはまってるのか

ちゃんとシフトしているのか

そんな判断材料 評価 ジャッジのツールに

使っちゃうこともあるかもで

 

じゃあなんでそんなことを

書くかと言ったら

なんでだろうね

 

シフトして行くのって

今まで社会で教えられて来た感覚とは

チガウと言うか

場合によっては逆と言うか

だから新入生が入学式の日に

まだ友達もできてなくて

この教室で合ってる?みたいな

不安感が出て来たとき

 

何となくの指標と言うか

出来てるか出来てないかって言うよりも

あ~これで大丈夫だったんだ~って言う

安心材料と言うか

ざっくりとした流れの表示と言うか

 

 

それは外にコタエがあるようでいて

じつは

自分の奥深く 中心に戻るための許可

とも言えるかもだし

 

これを外に置いて

今までやって来たように

できてるかできてないかの

判断材料に使っちゃうと

迷宮入りしちゃう時もあるかもだし

それもアリw 気づいていけばだいじょうぶ

 

自分の内側に入れば入るほどに

外との比較がなくなって行くと言うか

アンシンが拡がっていくと言う

言い方もできるかも

比較するとしたら

カコのジブンとの比較かな

 

 

これはひとによっては

ヘンカがあり過ぎて

カコのジブンが

いかに緊張して生きていたのか

そのセカイを飛び出したとき

それはよくわかるかも

すごく面白いかと思います 笑

 

 

ゆるめる

手放す

自分とつながる

 

焦らずいっぽいっぽ

 

 

本当の意味での自由の場所では

自由を求めることすらいらないのかもで

 

 

それは

私たちが

空気はアタリマエにあると信じているから

わたしたちが生きて行くためには

お金があるとかないとか

年取ったとか身体の具合を心配する以前に

ゼッタイになくてはならないものなのに

信じていることすら思い出さないくらい

アンシン アタリマエの事だから

空気が欲しいとも思わないのと同じ原理

かな

 

言い換えると

空気が足りなくなるなんて言う不安や恐れは

抱いていないとも言える

 

自動供給 

老若男女 

正直者もそうでない人も

何の差別もなく受け取れる♪

 

 

DE,

ナニカを欲すると言うコトは

それがナイと感じてる

極端な言い方をしたら飢餓意識とも言えるかもで

 

自由を求めると言うコトは

今が不自由(だと思ってる)

と言うコトに

ノージャッジで

ただ気づいていくと言うか

 

 

でね。

ここからが他人事ではない話かもで

 

私たちが信じて来た自我さんベースの生き方って

気づけば気づくほどに

この飢餓ベース 恐れベースだったと言うコトに

驚愕してしまうかもで

 

ダレが悪い訳でも

ナニが間違っていた訳でもなく

 

そうやって教えられて来たからとも言えるし

すべてはただ起こっているだけとも言える

 

でね。何が言いたいかって言ったら

すべてはただ起こっているだけなんだけど

 

受け取り方によっては

じゃあ何もできないじゃんって

なっちゃったりもするんだけど

 

恐れベースで自動反応を続けて行くと言うコトは

ワンコが永遠に自分のしっぽを追いかけて

グルグル回ってる状態と言うか

 

ジブンについて来る影にブチ切れて

もぅついて来ないでよ!!!ってやってると言うか

 

そこからは何も生まれないと言うか

 

まぁ厳密に言ったら

努力によって何かが生まれたりもするんだけど

やればやるほど疲弊しちゃうかもで

 

だからひとは混乱するし

迷走するし

葛藤もするかもなんだけど

 

 

こういう話を聞くと自我さんは

いろんな反応をするかもで

それも全部マチガイではないんだけど

 

たとえば

自由を求めている自我さんがいたとして

本当の自由って

自由を求めることすらしないと言うフレーズを

どう受け取るかってとこかもだし

 

だからコトバで表現するのって難しいよねって

なっちゃう

 

このニュアンスがうまく伝わるといいんだけど

 

 

音譜オマケ音譜

 

私がまだコーチングを勉強し始めた頃

だったかな

あるコーチのセッションで

否定の存在しない会話って

こんなにも気持ちのいいものなのかと

すごく感激したことを

ふと思い出しました

 

別角度から見ると

自由をタイケン(枠越え)することで

不自由さに気づいたと言うか

それまでは

今思えばだけど

不自由さがふつうだと思ってた

とも言えるかも

 

 

ゆるめる

手放す

自分とつながる

 

あせらずいっぽいぽ

 

人生楽しまなきゃ損ソン♪

 

そして

じつは灯台下暗しなことも

けっこーあるのかもねウインク

 

え?

わたしのやってるコトって

地味なんだーーーって

ふと

思いました

今更??w

 

でもヘンカが面白すぎて

やめられないw

 

 

でね。そんな今更な気づきがあって

改めて

表面的なものは

地味も派手も同じなんだなって言う

根源の部分って言うか

 

多くのひとは

見た目の華やかさとか

ケッカとか

成果 成功 パフォーマンス

気を引く 目を引く

そっちのほうに意識が向きがち

 

なんだけど

それがワルイ訳じゃないんだけど

 

今に至る

今日はそんなコトバが浮かんで来ました

 

 

どんな人でも

人生における カコのようなものがあって

今に至ってると思うんだけど

 

そのすべてに無駄がなかったと

そんな風に受け取れるようになれば

受け取れるようになれるほど

 

ジブンをまんま丸っと

受け容れられれば

受け容れられるほど

愛せれば愛せるほどに

 

今に至ると言うか

 

この時のいまって

現在地でもあるんだけど

自分の中心点である

いまここのIMAと言うか

 

 

そこは常に

安心と静寂の場所とも言えるだけど

 

そこからは

地味も派手も同じだし

イイもワルイもない

オソレのない場所

そんな言い方もできるかも

 

表面的なコトに大きな意味はないと言うか

そこでゲンソウと言う表現も使えるかもだし

 

そこでコトバだけを拾って そこに頼って

寄りかかってナニカから目を逸らしてしまえば

ジブンが逃げたいナニカから逃げるための口実に

都合よく使ってしまえば

本質に気づくことは

遠のいてしまうかもだけど

 

ゲンソウだからこそ

もっと力を抜いて

ジブンのベストを尽くしちゃってもいいんだよ

人生自分に正直に遊んでいいんだよ

そんな言い方もできるのかもだし

 

それは自分の緊張に気づいていく

そんな言い方もできるかな

 

ほんと私も何度も書いた気がするけど

迷走 逆走色々やって来ましたw

 

でもね。

それにもすべてに意味があったと

いまでは思うし

自分の感覚と言うものに耳を傾ければ傾けるほど

何となく違うな~って言うのも

わかって来たりするはず

 

このとき

ひとによって

場合によっては

社会的にヨシとされて来た

自分の中でヨシとして来たナニカと

逆行するような気がしたり

不安や葛藤が生じるときもあるかもだけど

 

そんな時こそ

自分の感覚に

しっかりと耳を傾けてあげることが

大切になってくるのかも

 

焦らずいっぽいっぽウインク