先日「ただ受止める」というワークをした。


相手の目を見て話を聞いて、ただただ受止める。


肯定するでもなく、否定するでもなく、共感するでもなく、ただ受止める。







やってみるとこれが意外と難しい!


ついつい「わかる~!」とか、「私もあったよ!」とか「え~!酷い」とか言いたくなる(笑)


言わないまでも目で反応しちゃっている自分がいる(笑)




こんなにも私は「わかる~」の人間だったのか、と。




共感したり同調したりするのは悪いことではないと思うが、時として相手の為になっていない場合もある。




私はもともと自己中で、だいぶ自分を抑えられるようになってきたなと感じているけれど、まだまだしゃしゃり出たくなる。




相手の為に話を聞くってどういう事だろう?




深い!深すぎる!




いま、相手の為を思っての話の聞き方を学んでいる最中だ。