組織、若しくは組織内の個人が、ある目標を達成しようとする。
その時に大事なことは、組織としての時間外で、その目標に関連した努力を出来るかどうか。

基本的に、
結果=努力の量×努力の質(+運)
で決まるはずだと思っています。

同じ質の努力をした人同士の結果を比べれば、量の勝る人の結果が勝るし、
同じ量の努力をした人同士の結果を比べれば、質の勝る人の結果が勝る。

量を減らせば、質が高まるということは基本的に考えないとして、量と質が最高のマッチングを織成すポイントが最高の結果を生むと考えます。丁度、予算線に対して無差別曲線を…といったイメージ。


話が前後しますが、最近部活で現役時代だったころの写真を良く見ます。
そこで思うのが、あの頃は誰よりも知識には自信があったし、長いオフシーズンを最大限活用してシーズンの伸びシロを作ることが出来たと思っていましたが、今になってみてみると、体は全然出来あがってないし、マストは全然良いベンドを出していないし、ボルトロープも縮み放題。サギングも適切じゃない。

全てつけたはずの知識でしたが、自分の中で形骸化していました。

「わかる」と「できる」は違う。
とは良く言いますが、まさにその通りで、分かったつもりになっていました。

マストベンドが足りないね、と言われればマストセッティングを変えたり、プラーを引いたりは出来る。
けれど、それに気づかなかったり、最悪の場合、気づいてもハンドリングに夢中で後回しにしたりしてしまう。

今思えば、馬鹿みたいな話だけど、これは実際に起こっていた事実で、ここまで馬鹿じゃないにしても知識が定着していなかったり、その重要性を知らなかったり、そんな勿体ないことで、練習時間を無駄にしていたと思う。


あの頃、恥ずかしいけど「下剋上」をテーマに、絶対に上級生を抜いてやると意気込んで、乗艇数の差を何とか陸上で取り返してやろうと必死に努力しました。
けれど、全然足りなかったし、方向性も間違っていたかもしれない。

軌道修正してくれる人がいたら変わっていたかもしれない。
一緒に取り組んでくれる人がいたら、もっと効果的だったかもしれない。
形に表してチェックしてもらえるような体制を整えるべきだったかもしれない。
広く浅くになってしまいがちな僕の性格を根本的に変える様な出来事を起すべきだったかもしれない。


そう考えると、費やす時間は人一倍だったけれど、質が伴っていなかった。
質を伴わせるにはどうしたら良いのか、そんなことを考える時間が伴っていなかった。
そんな環境に巻き込まれる、巻き込んでいく努力なんて足りなさすぎた。


これらを事前準備、という一言で表すと、事前準備をもっともっと出来ていれば、今僕が見ている写真は、
一番艇に乗ったエーススキッパーの写真だったはずと考えると、悔しくてしょうがない。


どうやって後輩にこの気持ちを伝えて、同じレベルで感じてもらえるようになれるか、どうしたら軌道修正してあげれる立場になれるのか、そんなことに費やす時間が今の僕には必要です。
いよいよ、2011年のシーズンが終了しました。

週末はハーバー締め、艇庫締め、コンパに参加してきました。

5年間もお世話になったこの部活に、楽しい思い出も苦しい思い出も、辞めたくなったことも最高にハッピーだった時も、本当に本当に悔しい思い出も、たくさん詰まり過ぎています。


やはり、「思い返す」ということをすると、人間どうしても後悔が生まれてしまいます。

合宿所の掃除をしていて、2年目の時に後輩からもらった、模造紙を発見しました。
この模造紙は、イラスト・キャッチフレーズ・寄せ書きという内容なのですが、寄せ書きには泣かせてくれる内容もあったりで…

誰かのために頑張れる、っていう経験も、この部活で教えてもらったことだなと、しみじみしていました。

その傍らで、こんなに素晴らしい環境を提供してくれた部活に対して、

         「何を残せたんだろうか?」

と、考えてしまいました。

ミクロな部分では、技術や考え方、取り組み方を伝えることは出来ましたが、それは本当に些細なことで。

一生の思い出になるような感動を与えて、強い意志の力の原動力になる。
少人数運営のノウハウを科学的に確立して後世に残し、無駄を省けるようになる。
効率的な資金管理や資産管理で、財産を増やす。
メディアに訴えかけて、セーリングの魅力を伝えたり、この部活そのもののファンを獲得する。



大きな視点で見たときに、歴史に名を刻むようなことを出来たのか?
そういう風に考えてしまうし、頭を使って体を使って、もっともっと全力で取り組めたんじゃないか?

後悔先に立たず。
これが自分の結果。そう素直に受け止めて、後輩たちに継続的なサポートをしていこうと思います。


社会人になるまでの残り少ない期間を後悔しないように、全力で取り組もうと心に決めた日でした。
何か事を為す時,そしてその事を為し終えた時,必ず後悔ってつきものだと思います.


スポーツで優勝した人だって,もっとカッコイイ優勝の仕方とか,その過程で犠牲にしてきたものに対しての後悔とか,
どんな形であれ,存在すると思います.


ただ,時間は過ぎていくから,取捨選択をしながら生きていかなければならない.

何が答えかわからない,答えなんてないことに対して,自分が全力で取り組んで,自身が正義になるしかない.



部に入りたての頃,競技自体の魅力に惹きつけられていたし,数十人での合宿生活が新鮮すぎたし,切磋琢磨していくのが純粋に楽しかったし,カッコイイ先輩たちみたいになりたいって思ったし,夢を追いかけられている感がたまらなく好きだった.

だから,とにかくのめり込んだ.のめり込んで上達して,レギュラーを取って,全国の舞台で帆走りたいと思った.
そうしたら,最高の大学生活だったと心の底から,言えるんじゃないかと思っていた.


そのためには,自分自身の上達のみを追い求めれば良いものではなかった.
団体競技である以上,共に乗るパートナーの上達や部の活性化,多年度の視点を持って伝承していかなければならない.


そうしたことは,頭では分かっていたつもりだったけれど,理解して体現は出来ていなかった.
口では大層なことを言っていたが,行動に移して周りに影響を与えられなかったし,自分の作りたいと思っていた理想像の実現に向かおうとすればするほど,単細胞な考えしかできなかった.


全員,自分とまったく同じ考え方になってくれれば,全員自分だったら,なんてことまで考えてしまう様になっていた.


もし5年前の戻ることができるとしたら?大学一年生からやり直せるとしたら?
なんてことを良く話したりします.
僕は,迷わず,この部を選びます.

そして,もっと仲間を大切にして行くと思う.
何か,事を成し遂げるためには,仲間・支えてくれる存在が絶対に必要だと思う.

弱い自分が出てきてしまう時は,必ず仲間の支えが無いとやっていけません.
もし,一人ひとりの力が十分に強くても,仲間との結束が無いと,きっと崩れてしまう.


どんな人であれ,自分とは違う存在.
そんな人の存在価値を定義できるのは,その人自身.
それを認めてあげれるのは,他人.

そうやって,強くなっていくはず.いけたはず.