2:ブータン王国の悲劇 | ITベンチャーで働く社員から、就職活動に勤しむ学生へ

2:ブータン王国の悲劇

 実はブータン王国には最近までテレビがありませんでした。そしてインターネットもありませんでした。見方を変えれば、恐ろしいまでの情報遮断国家だったという見方も出来ます。また世界では始めて、2004年に環境保護及び仏教教義的な背景から禁煙国家となりました。国外からの持込は可能ですが、100%の関税が課せられます。タバコを吸う人にとっては、とても幸福でいられない国家です。我々のような日本人が、朝から晩まで畑を耕し、家に帰れば裸電球1つで暮らし、テレビもパソコンもましてや携帯電話も無い状態で暮らしたとして、果たして何日耐えられるのか。日本人からすれば、ブータン王国で暮らすとなればとても幸福になれないかもしれません。それは高度に発達した文明が齎す全ての快楽―テレビやインターネット、タバコや携帯電話、クラブなど―に日本人は麻痺してしまい、それが無ければ禁断症状を起こすからだ、なんて冗談があるくらいです。

 ブータン王国は2000年代前半にテレビやインターネットを限定的に解禁し、外界からの情報を受け入れ始めました。その理由をワンチュク国王は「いつまでも君主制が良いとは思わない。議会制などで民意を取り入れ、国民を成長させるべき」と発言したとされています。

皆さんは、国民を成長させる―この言葉の真意が、解りますか。外界の情報から一切遮断されたせいで、誰からも見ても貧しい暮らしなのに、情報が無いばかりに「貧しい=当たり前」となり、現状に全く疑問を抱かない状態になっている。ワンチュク国王はそれを憂いた、と言われています。現状に疑問を抱かないということは、自分の頭で考えないということと一緒です。自分の頭で考えない国民に、悪意ある国家元首が登場したらどうなるか―それはナチス・ドイツが民衆の圧倒的な支持で登場し、ユダヤ人を虐殺したことからも明らかです。ワンチュク国王はブータン王国をより良くするために、06年に自ら王位を退いてまで国民を成長させようとしました。ブータン国民に「どうすれば国がもっともっと良くなるか、世界で最も国民総幸福量が多い国になるか」を考えて貰うために、海外の情報を取り入れ始めました。

しかし、ブータンにワンチュク国王ありとまで言われた名宰相でありながら、最後の最後で誤算があったようです。それは、海外からの溢れんばかりの情報に国民は慣れておらず、どちらかと言うと上辺だけの情報を信用し、無用の混乱を来たしていること―すなわちアメリカは自由の国だ、とか(自由だからこそ究極の格差がある)―が挙げられます。今ではブータン王国の都心部には今まで無かったクラブがあり、そこではタバコを吸いながら海外に行くことばかりを考える若者で溢れているそうです。インターネットカフェには大人ばかりでなく子供が通い、アダルトサイトに大人たちは興奮し、無料で簡単に出来る人殺しゲームに子供たちは熱中しているそうです。全ては今までのブータンには無かった刺激であり、そしてその刺激は今まで何も考えたことの無かった、全てはブータン王国のワンチュク国王に自らの脳味噌を任せていた国民には、余りにも強過ぎたと言えるでしょう。

 ブータン王国は現在、議会制への以降や国民における選挙など、様々な試みによって民主主義を確立しようとしています。それはワンチュク国王が「自分ばかりに頼るのではなく、国民11人が自立していけるよう……」という切なる願いであり、ひいては国民が幸福であるためには、国民が幸福とは何かを考えていかなければいけない、そして国民にワンチュク国王は含まれるが、ワンチュク国王だけが国民では無い、だから国民が政治に参加するために民主主義へ移行する、という苦悩の判断があったと思います。しかし、英国の宰相・ウィンストン=チャーチルは「民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが」と語っているように、民主主義はまた国家の根幹を成す様々な制度において完成度が高いとも言えないのです。ワンチュク国王は国民を信じ、国民のために政治を行なってきたからこそ、国民のためを思い民主主義制度という「国民の声が反映され易い制度」を選択したのだと思います。ただ、ブータン王国の現状を見る限りでは、最後の最後にワンチュク国王は国民に裏切られる可能性も出てきたことは残念でなりません。

歴史を紐解けば、第2次世界大戦の主要国は全て民主主義制度を土台に議会制が採用されていました。あのナチスでさえ、選挙の洗礼を受けていました。後の歴史から見れば愚かな行為―戦争や虐殺など―も、熱狂した国民によって支えられる民主主義という魔法の杖が最高の政治に変えてしまう。それが民主主義の怖さでもあります。今はただ、歴史が繰り返されないことを祈るのみです。

ここまでの話を聞いて、皆さんは何を思いましたか? 自分自身に置き換えることは出来ましたか。『ブータン王国のワンチュク国王に自らの脳味噌を任せていた国民』というのは、皆さんを指すのではありませんか?

インターネットに溢れる情報は、果たして本当ですか。就職活動をしている皆さんは、リクナビだとかマイナビだとかナビ系で会社情報を検索しているようですが、あそこに書かれた真実が本当だと、誰が証明してくれるのでしょう。会社情報は全て会社側からの提出であり、そしてその真偽を確かめる人間は誰もいません。派遣問題で訴えられたフルキャストがマイナビで『「すべての人をいちばん輝ける場所へ」これが永遠のテーマです』と語っているのは何よりも滑稽であり、介護問題で世間を騒がせたグッドウィル・グループが『絶えず新しい事に貪欲にチャレンジし、拡大発展をしてきました。』と語っているのはもはやギャグとしか思えません。いつだって企業の外面は良いカッコしいであり、それが悲劇を生みます。アメリカで破綻した大企業・エンロンは誰もが就職したいと思っていたそうですし、ライブドアは企業を目指す学生にとって一種の羨望すら浴びていました。しかし玉ねぎのように皮を向いて行けば、どちらも会計操作を行い、皮を剥けば剥くほど腐っていたことは記憶に新しいはずです。

 情報ほど大切なものはありません。しかし、情報ほど怖いものはありません。関東大震災が起きたとき、朝鮮人が井戸に毒を盛ったという誤報が世間に流布したことは余りにも有名です。情報に惑わされた人々は暴動を起こし、保護下にあった朝鮮人を虐殺しようとさえしましたが、暴徒と化した民衆に向かって「朝鮮人が井戸に毒を入れたというのはデマである」と言い切り、4合ビンに入れられた井戸水を飲み干して見せ、民衆を追い返した川崎警察署長・太田淸太郎警部の逸話もまた、あまりにも有名です。

 皆さんは太田淸太郎警部にならなければいけません。情報に惑わされず、何が正しいか見極める人間にならなければいけません。インターネットの情報が本当かどうか街に出たことはありますか? 新聞に書かれている情報が真実かどうか納得するまで確かめたことはありますか? 皆さんの脳はインターネットの検索という海に漂流したままですか?

 今からでも、遅くはありません。情報に気を付ければ良いだけの話です。これはブータン王国の国民にも、そして皆さんにも通じる話です。

 

2のまとめ

 

「現状に疑問を抱かないということは、自分の頭で考えないということと一緒」

 =>ブータン王国の国民は、ワンチュク国王に自らの脳味噌を任せていた

 =>突然、脳味噌を返された国民は身近な堕落に走り、モラルハザードを起こした!

 

「インターネットに溢れる情報は、果たして本当ですか」

 =>情報ほど大切なものは無し、情報ほど怖いものは無し